椿と唯華4

唯華はぼんやりと三年前のことを思い出していた。

今と違って温かくて、夏の気配がしていた。

入学してから、周りはどんどん友達になってグループを作るのに、唯華はずっと一人だった。

見た目の可愛さに、皆からほめそやされるのが気に食わなくて、周りと壁を作っていた。そのことが、周りの反感を買ったのだ。

かわいいからって、調子乗りすぎ。

今思えば、唯華も幼稚だった。

でも、容姿のことばかり言われるのは今でも嫌だ。

ペアを作るときに唯華は一人になることが多かった。

クラスの女子は偶数だから、唯華が余ることはないはずで、唯華と組むことになる誰かはいつも嫌そうな顔をしていた。

それもきっと、『みんなに嫌われている唯華』と組むのが嫌で、唯華のことが本当に嫌いなはずはなかったのだ。

表ではなんてことないような顔をしてた唯華だけど、傷ついていたのもたしかだ。

そんなある日、いつもどおり余った誰かを待つはずだった。

「ねえ、一緒に組もう!」

誰かが唯華と腕を組んだ。

「ね!」

この世界の希望を詰め込んだような輝く瞳。

赤ちゃんみたいな丸い頬が愛らしい笑顔。

あの頃から椿はかわいかった。

「ちょっと、椿。やめなよ。」なんていう友達の言葉も聞かずに。

「唯華ちゃんって、何が好きなの?」

唯華と距離を縮めるのはそう難しいことじゃなかった。

皆が唯華じゃない普通の子とする会話と同じ。

本当、ひねくれてる。

でも、椿はそんな唯華を受け入れてくれた。

「やめなよ、あんな子。」って友達に言われたときも「なんで?いい子だよ。」の一言で終わらせた。

唯華だけじゃなくて椿にもヘイトが向くようになっても、椿は気にしていないみたいだった。

「もういいよ。」

唯華がそういっても、椿は「誰も言わないけど、ただ嫉妬してるだけだってわかってる。」

椿はあのまぶしい笑顔で言う。

「私は唯華といたいからいるの!唯華面白いじゃん。」

実際椿は、唯華といるときが一番楽しそうだった。


人だかりができていた。

きっかけは、三好だった。

休み時間、椿たちとすれ違った三好が大きな声で「赤羽もかわいそうだよなー」と言ったのだ。

椿は聞こえないふりをするつもりだった。

「どういうつもり?」

低い声が三好を引き留める。

そして椿も。

「何も知らないくせに。」

唯華だ。

怒りのにじむ表情で三好をにらみつける。

「は?なんだよ。」

「噂をうのみにして、したり顔で的外れなこと言ってるのこっちからしたら大迷惑。」

椿は何も言えない。困惑していた。

「お前の味方してやってんだよ。」

「それが違うって言ってるの。」

唯華は静かに三好を責める。

「そんなの、俺にはわかんなかっただろ。俺はやさしさで……」

「全然嬉しくない。」

なにかと噂になっていた唯華と男子が喧嘩していると広まるのはやっぱり一瞬で、あっという間に人だかりができていた。

円の真ん中で椿はおろおろしながら、なにもできないでいた。

「あんたたちが、椿に嫉妬して悪い噂流したこともわかってるの。そんなことしてる暇あったら、その性格悪い顔つき変える努力をしなよ。」

唯華は具体名を出さなかったが、その視線は特定の一人に向かっていた。

椿にも見覚えのある顔なのは、よく清臣の周りにいる子だからだ。

ざわめきが大きくなる。

唯華が椿の見方をしたからみんな混乱していた。

喧騒の中で、誰かが手をたたいた。

「授業始まるから、みんな教室戻るよ!」

よくとおる声。その主は葵だ。

その直後に予鈴が鳴って皆は慌ててそれぞれの教室に戻る。

「なんで?」

椿は先を行こうとする唯華に聞く。

「嫉妬が一番嫌いなの。」

それにね、と唯華は続ける。

「守間くんに言われちゃった。椿を泣かせないで、って。泣いてたの?」

「そんなわけないでしょ。」

椿は頬を赤くして視線を逸らす。

「椿が泣き虫なことはよく知ってる。」

「もう三年も前の話でしょ。」

唯華は少し目をそらした後、真っすぐな目で椿を見る。

「ごめんね。」

「ううん、私こそ……」

「いいのよ、そういうお世辞は。」

「お世辞じゃない!」

唯華は肩をすくめる。

「彼氏とは、別れることにした。」

「なんで?」

椿が驚いて大きな声を出すと、唯華はクスリと笑って椿の鼻を押した。

「つぶれる!」

「椿の言う通り、やばい奴だった。」

椿は顔を曇らせる。

「どんな?」

「私に闇バイトみたいなことさせようとしてくるの。」

心配はしたけど、唯華の危機管理能力は高くて、取り返しのつかないような状態にはならないのだと椿は知った。

「椿の忠告は聞くべきだった。」

椿はさっきのやり返しのように唯華の鼻を押す。

「別にいいよ!」

唯華はほっとしたように笑う。

「ありがとう。」

椿はようやくいつも通りの笑顔を見せた。


「ねえ、唯華に何か言ったの?」

別れ際になって椿は清臣に聞く。

「まさか脅しみたいなことしてないでしょうね?」

「お嬢の大切なご学友にそんなことはしません。」

「ならいいけど……」

「ただ……早く仲直りするべきだと……お嬢もですけど、あの人もたいがい不器用ですね。」

椿は小さくため息を吐いた。

「本当に!私は不器用じゃないけど。」

清臣はもの言いたげな目をするだけで何も言わなかった。

「それで……一つお願いがあるんだけど」


「こんなものしかなくてすみません。」

と言って椿はお茶と兄のもらい物であろうお菓子を置いた。

「いえ……それで、頼み事って何ですか?」

「唯華なんだけど、彼氏と別れるつもりらしいの。」

「よかったじゃないですか。」

「それで、直接会って話し合うみたいなんだけど……」

清臣は眉間にしわを寄せる。

「SNSで別れ話したんだけど、受け入れてもらえなくて。」

「それは、よくないですね。」

「しかも呼び出された場所が……」

椿は唯華とのトーク画面を見せる。

「路地ですね。」

駅前ではあったが、人通りは決して多くなさそうだ。

「でもわざわざ呼び出す理由もわからないですね。」

「別れたくないんじゃない?」

臣、そういうの疎そうと椿が言うと、怒ったような瞳が椿のほうを向く。

「赤羽さんは、アウトローな仕事のことは知ってたんですか?」

「知ってたっていうか……唯華も片棒担がされそうになってたみたい。」

「本当に別れたくないんですか、それ。」

「なんで?」

「本当に好きなら、そんなことさせないでしょう。」

椿は妙に納得していた。

「臣って意外と一途?」

清臣は何も言わずに、また椿をにらみつけた。

「もしかしたら、事の発覚を恐れて口封じするのが目的かもしれないですね。」

「本当にあるの?」

「あくまで可能性ですが……ただ状況を考えるとどんな魂胆であれ、楽観視はできないと思いますよ。」

椿は頷いた。

「そうだよね……あの、お願いっていうのは、こっそり唯華の後をつけたくて……」

「本気ですか?お嬢が?」

「なにが言いたいの。」

椿は頬を膨らませて不満そうに聞く。

「絶対バレます。」

「なんだと……」

「つけてどうするんですか?」

椿は自信満々に言う。

「なにかあったら、私たちが唯華を守る。」

「どうやって?」

「それは……臣がなんとかできるじゃん。」

椿は急に自信を無くす。

無計画だ、とか言われそうで。

「残念ながら、俺が勝手に彼らに危害を加えることはできませんよ。」

椿は面食らったような顔をした。

「なんで?」

「組織にとっての利益がないからです。それどころか、トラブルが増えればマイナスにしかならないでしょう」

「んー、なるほど……じゃあどうすればいい?」

椿の頭では限界だった。

「俺の一存では決められないことですが、若の言葉があれば……」

「若……?」

「お兄さんのことです。」

椿は目を輝かせて、すぐにスマホを開く。

「あ、でも今仕事中かな。」

「憂さんなら大丈夫だと思いますよ。」

椿は早速憂に電話をかける。

「憂兄、急にごめんね、仕事中だった?」

『いやいや、愛する妹のためならいつだって電話に出るよ。たとえ崖から落ちそうなところを片手で耐えているような状態でも。』

「なにそれ。」

『それで、何の用?』

椿は簡潔に用件を伝えた。

『好きなようにしな。その件は二人に一任しよう。』

「いいの?」

『そのために電話してきたんだろ。』

「まあ……」

『そういうのが、正しい権力の使い方だと思うよ。』

椿はビッグスマイルと一緒に、オッケーマークを清臣に作って見せた。

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