椿と唯華5
最初の能天気さとは打って変わって、椿は緊迫した顔で早歩きする。
唯華から、『助けて』のメッセージがあったのだ。
「やっぱり、いない……」
椿は唯華が言っていた約束の場所を見渡すが、そこに人気はほとんどない。
日はもう沈んでいた。
だが、唯華からはもう一つのメッセージがあった。
『ビルに連れてかれた。佐藤建設ってとこ。』
「お嬢、こっちです。佐藤建設自体はすでに廃業していて、廃ビルになってるみたいですね。」
「急ごう。」
こういうとき、自分が京極の娘であると実感する。
「誰だ?」
椿は自分でも驚くくらい落ち着いていた。
「その子、離して。」
唯華の口の端が切れて血がにじんでいる。
椿の声にも反応しないその様子を見て嫌な予感がする。
「お嬢ちゃん、ここはお嬢ちゃんが入れるような世界じゃな……」
清臣の拳が相手のみぞおちに入る。
「おい!お前……」
椿はすぐに唯華の下へ駆け寄る。
脈とかわからないけれど、とりあえず呼吸はしてるようだった。
一見したところ、怪我も口元のだけのようだった。
「お嬢、後ろ気を付けてください。」
清臣も椿の背中に立ってくれていた。
もうすでに二人が床に倒れている。
残りは八人。
十人で、こんなか弱い女子を相手していたなんて――
清臣のドッヂボール特訓が生きている気がする。
椿は唯華の傍で相手を簡単にいなしながら、お得意の蹴りをお見舞いしていく。
清臣は一人の首元をつかんで一層低い声で聴く。
「上にいるのは誰だ?」
「い、いうわけないだろ。お前らこそ……!」
「京極だ。」
その言葉に相手は委縮して何も言えない。
小さく舌打ちをして、清臣はそいつを突き放す。
清臣の雰囲気はいつもと違っていて、殺気のような物々しい雰囲気で満ちていた。
「唯華……」
清臣のおかげで人も減って椿は再び唯華の下へ駆け寄る。
口元の血をハンカチで拭う。
女子力のない椿に、絆創膏の用意はない。
ただ気を失ってるだけにしても、大丈夫とは言い切れない。
「くっそ!」
焦りのにじむ声。
その声のほうを見ると、手には刃物が握られていた。
唯華を、守らなきゃいけない。
「俺らも容赦できねえぞ!」
椿は早く唯華を安全な場所へ連れて行きたかった。
「唯華……」
「お嬢!」
清臣の影が椿に重なる。
血が一滴、地面に落ちる。
「臣……」
包丁の刃が清臣の腹部に刺さっている。
「臣!」
清臣は答えない。
「うわああああ!」
相手は錯乱したように叫ぶ。
刃が引き抜かれる。
「そこをどけよ。」
小さな血だまりができていた。
「お前らが本当に京極だっていうなら、そいつは京極の娘ってことになるんだがなあ!?」
椿は息をのむ。
頭が真っ白になる。
清臣は傷を負った、そして相手は凶器を持っている。
さすがに、刃物を向けられていつも通りできるかと言われれば――
カチャリと乾いた金属音がした。
複雑な小さな部品がぶつかり合う音。
拳銃だった。
その持ち主は、清臣である。
「臣……」
「殺すぞ。」
清臣が引き金に指をかける。
清臣の本職は、人殺し。
人殺しには、きっと、躊躇ない――
「だめ!」
椿は清臣の腕にしがみつくようにして引き留める。
「殺すのは、だめ。」
清臣の目にはゾッとするような怒りと殺気が満ちている。
光のない瞳。
そうして、刃物を振りかざした相手の顎にしっかり蹴りを入れる。
顔が痛みにゆがむと、ぐらりと体が揺れて倒れた。
それを見ることもなく、椿は清臣のほうを振り返る。
「臣、大丈夫?」
焦りと、不安が入り混じった瞳が清臣を見ている。
その手がすがるように清臣の手を握る。
椿は銃口を握って拳銃を下ろす。
「大丈夫です。」
冷たい瞳がさまよって、視線を落とす。
いつものポーカーフェイスからは、痛みは想像つかない。
「でも……」
血だまりはかすり傷じゃ済まないくらい広がっている。
「すぐ治るので。それよりお嬢、早くここを出ましょう。」
椿はなにをすればいいのかわからず、ただ頷くしかなかった。
「うん……」
清臣の瞳は、前のような冷たさで椿を見た。
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