椿と唯華
「彼氏!?」
唯華の告白は唐突だった。
皆がバレンタインで浮かれている間に唯華は四つ上の大学生と交際していた。
出会いはナンパらしい。
唯華は大人っぽく見えるとはいえ、想像もしない年の差だった。
葵は話を聞きながらあまりいい顔をしていなかったが、それを言うにはもう遅かった。
「あのさ……ちょっと、いい?」
二限目が終わって、葵は椿に声をかける。
廊下に出ると、葵は声を潜めて言った。
「唯華に彼氏と別れてほしいんだけど。」
「え?」
珍しく険しい表情の葵。
「ちょっと前にもう聞いててさ。」
葵の話によると、一週間ほど前に彼氏について明かされた葵は、年の差やナンパという出会いを怪しんだそうだ。
人脈を使って、唯華の彼氏と同じ大学に通う卒業生に話を聞くと、あまりいい噂はなかったらしい。
「前の彼女とは浮気別れ。二股もよくするし、女遊びがひどいって。」
お手本のようなクズ野郎ということか。
「それに、学生なのに高級車を乗り回してるって。実家が太いから、金に物言わせるタイプらしい。」
最悪じゃない?と同意を求められる。
「唯華、男見る目ないからさ。」
それに関しては椿も同意だ。
「それで、別れなっていったんだけど、聞いてもらえなくて。」
葵はためらいがちに言う。
「だから今、ちょっと私たち険悪。」
椿もそれはうすうすと勘づいていた。
葵は怒ったような顔をしている。
「でも私、唯華が彼氏と別れない限り改善する気ないから。」
ごめんね、と本気で申し訳なさそうに言う。
不和の理由を知らないままが椿にとって一番居心地の悪いこととはいえ、
こんなことで喧嘩しなくてもいいのに……と思う。
二人とも熱い性格で、しかも意地っ張りだから、二人から進んで仲直りすることはないだろう。
こんなことは初めてではない。思えば、唯華に彼氏ができるたび、二人はこんな感じで喧嘩している。
とはいえ、二人は椿の前では今まで通り仲良くしてくれるのだろうから、椿はなにも知らないふりをして過ごすしかない。
「椿ちゃん?」
いつも通りの帰り道だった。
声をかけられて振り向くと、綺麗な顔立ちの女性がいた。
「弥子さん!」
「やっぱり、椿ちゃんだ。清臣くんも。」
清臣は軽く会釈を返す。
「どうしたんですか?」
「このあたりに住む友達が体調崩してて。そのお見舞い。」
「そうなんですね。」
弥子はおしゃれな腕時計を見る。きっと高級品なんだろう。
「椿ちゃん、時間ある?」
清臣は遠慮したのか、あとで迎えに来るから、と席を外した。
弥子も椿も引き留めたが、清臣は聞かなかった。
椿は唯華のことを相談した。
「別に、私のことじゃないから、私が深入りするのはよくないと思うんですけど、やっぱり心配なんです。」
「椿ちゃんは、別れてって言うの?」
「……迷ってます。その友達、本当に男運ないから。いつもそれで傷ついてるのも知ってるし。」
弥子はやさしく笑う。
「その子、恋愛体質なのね。」
言われてみればそうかもしれない。
普段は猫みたいな性格をしているのに、告白されればそれだけで好きになる。
「恋は盲目っていうけど、本当にその通りだと思います……」
そうね、と弥子は相槌を打つ。
「弥子さんなら、どうしますか……?」
弥子は小さく笑う。
「私の昔の話、してもいい?」
そんな目で見つめられたら、いいえ、とは言えなくなる。
それから、少し間をおいて話し始めた。
「私も、男運なくて……というか、チョロい女だったの。何度、恋愛で泣いても学ばなかった。」
意外だった。
弥子は、どちらかというと男を転がす側だと思っていたのに。
「それで、売れないバンドマンの男と付き合って、同棲してたんだけど、同棲っていうか、向こうが私の部屋に住み着いてただけね。」
典型的なクズでしょ、と笑う。
「毎日のようにお金をせびられて、親からの仕送りじゃ足りなくて、借金も作った。でも、返せないくらい大きな額になっちゃった。それがバレて親からも勘当されて、家も追い出されて。彼氏からも捨てられて、ようやく目が覚めた。」
想像以上に壮絶な過去だった。
「人ってここまでされないと変われないのよ。」
弥子は笑っていうけれどその瞳の奥にはまだ癒えない痛みがあるようだった。
何を言えばいいのかわからない。
「今になって振り返れば、確かにいい教訓になったわ。けど、誰か強く止めてくれればよかったのに、とも思う。まあ、結果論ね。起こったことだもの、いくらでもいえる。」
その通りだ。
でも、そう言えるのも過去になった今だから。
「経験も大切だとは思うけど、親友として幸せになってほしいって言うのは真っ当ね。でも、恋は盲目よ。気をつけてね」
『恋は盲目』その言葉が強く心に残る。
「それより、椿ちゃんは清臣くんとどういう関係なの?」
「え?」
その後の時間は清臣とのことを誤魔化すのに必死だった。
どうやら椿たちは周りからは恋人のように見えるらしい。
そろそろ帰ろうか、となると、弥子は椿のお金を断った。
「いいの。いつもお兄さんにはお世話になってるし、なにより、話せて楽しかったわ。また誘ってもいい?」
弥子のはにかむような笑顔に椿の顔に朱が広がる。
「やっぱりプロは違いますね。」
「やっぱり椿ちゃんってかわいいわね。」
翌日も、唯華はどこか浮かれていた。
そして、葵との仲も太陽でさえ勘付くほどギスギスしていた。
「唯華、ちょっといい?」
椿の呼び出しに唯華は疑問符を浮かべながらも快く応じた。
「唯華の彼氏って、大丈夫?」
その言葉だけで唯華の顔は曇る。
何を言われるのかはわかったようだ。
「どういう意味?」
少し低くなった声が聞く。
「歳の差もそうだし、ナンパっていうのも、ちょっと気になっちゃって……」
「なにが問題?」
「唯華が大丈夫だって言うなら大丈夫だと思うんだけど……」
「じゃあ、いいでしょ。」
唯華は冷たく吐き捨てるとそのまま教室に戻って行った。
一人残された椿は、目の前が真っ暗になってしまった。
どう歩いてゆけばいいのかもわからず、ただ立ち尽くしていた。
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