椿とチョコレート

「あのね、相談があるんだけど……」

椿が言うと唯華と葵はにんまりと笑って顔を見合わせた。

「なに?その顔。」

「来ると思ってた。」

椿は完結に清臣に練習のお礼をしたいことを伝える。

「じゃあバレンタインチョコだね!」と葵。

それは椿も少し考えた。

でも……と椿は口を尖らせる。

「臣はいっぱいもらうよ、きっと。」

「臣、ねぇ……」

椿はハッとして口をつぐむが、いつも通り手遅れである。

「仲良いじゃない。」

「お、幼馴染なんで……」

椿の言い訳はあっさり無視されて、葵は嬉しそうに言う。

「チョコなんていくらもらっても嬉しいもんなんだから!」

唯華は笑顔を作る。

口角は上がっているのに目は笑っていない。

「一緒に作ろう?」


圧に負けた。

「臣……好きな食べ物、とかある?」

椿は隣を歩く清臣に恐る恐る聞いた。

「特に。」

清臣はこの間から、一度も笑顔を見せない。

「嫌いなものは?」

「ピーマン。」

思わぬ答えに椿は清臣を見るが、その瞳にからかいの色を見る。

「うそつけ。からかわないで真面目に答えて。」

「なんでですか?」

「まあ、長い付き合いだし、しっておいたほうがいいこともあるかなーって。」

怪しいくらい早口の椿。

「甘いもの、とかは?」

「好んで食べようとは思わないですね。」

そうだよね、と椿は萎んだ風船のようになって言う。

「……バレンタインどうするの?」

「どうするとは?」

「もらうでしょ、いろんな人から。」

「どうでしょうか。」

もしかしてこの人は自分がどれだけモテているか気づいていないのだろうか。

「お嬢は?」

「へ?」

相変わらず間抜けな返事だ。

「誰かに渡さないんですか?」

「いやあ……別に。」

椿の彷徨う視線を清臣は怪しげな瞳で見ていた。


朝から落ち着かなかった。

ラズベリーピューレとビターチョコでなるべく甘くならないようにしたが、そのせいか葵は苦い顔をして「大人の味」と言った。

清臣は両手にいっぱいのチョコをもらっていた。

朝からいろんな女の子が清臣に渡しに来たから、椿は気が引けて渡さずにいた。

「鼻血出そう……」

椿は大量のチョコを見てそう呟く。

余計に渡しづらい。

「ゴディバある!え!これおしゃれ!」

紙袋から覗くクオリティの高いお菓子の数々。

ますます渡しづらい。

チラリと清臣の顔を見るが、いつもと同じポーカーフェイスだ。

マンションのエントランスが見えた。

自動ドアを通って、エレベーターに乗る。

鼓動が耳の奥で響く。

体に力が入る。

渡せない……でも、渡さないと。

渡したい。

清臣の大きな背中が先を行く。

鞄の一番上にあるチョコレート。

家の扉が近づく。

椿は大きく息を吸う。

「あのさ……!」

思ったより大きくなった声に自分でも驚いてしまう。

椿はカバンの中から丁寧に包装したチョコレートを取り出して差し出す。

「球技大会のお礼。なんか、バレンタインのついでみたいになっちゃうけど……」

清臣の目は見れなかった。

沈黙が流れる。

清臣はなかなか受け取らない。

「あの……チョコ、増えちゃうけど……」

「ありがとうございます。」

清臣はいつも通りの無機質な声で言う。

他の女の子たちには優しく、明るく言うのに。

顔を上げた椿は、驚いたように目を見張ると、彷徨った視線は元のように俯いた。

「じゃ、じゃあ……また、明日!」

清臣を置いて椿は家に入る。

扉の向こうで椿は大きな心臓の鼓動を聞きながら立ち尽くしていた。

「なにあの顔……」

思いもしなかったのか、椿からのチョコレートに驚いたような顔。

初めて見た清臣の表情。

それが心臓を痛いくらい高鳴らせるのは、どうして。

あの瞳にあった感情は——


山積みのお菓子をどう食べきるかは悩みどころであった。

でも、一つだけ机の上に置かれたチョコレートは……

椿らしいリボンの包装を解いて箱を開ける。

赤と茶色のチョコレートが交互に並んでいる。

メッセージカードには、椿の丸い字で「かっこよかったよ!」と書いてある。

チョコを一つ摘んで口に入れてみる。

甘酸っぱさの後にくるブラックチョコの苦味。

甘いものは苦手だと言ったからだろうか。

「思わせぶりばっかしやがって。」

深いため息と共について出た言葉。

大量のチョコレートを見ても椿は何も言わなかった。

嫉妬の感情はないのか、と思う。

しかし、すぐに思い直す。

そもそも向こうにはそんな感情ないのだから。

苦味が口に残る。

甘いより清臣の方に会うはずなのに、どこか悔しかった。

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