椿、奮闘する

「じゃあ、最後に体育委員から。」

帰れると思って立ち上がりかけていた椿はその一言で動きを止める。

そうして、カバンを触っていた手を膝の上に戻して静かに座った。

「京極、そんな早く帰りたいか。」

「いえ。」

案の定、ひがっちに見つかったが、クラス全体に漂う雰囲気を感じたのか、それ以上はなにも言わなかった。

クラスの体育委員は奈乃香と太陽だった。

「えっと、来月の球技大会についてです。」

奈乃香の声はよく通る。

3学期が始まってまだ一週間。

もうそんな季節かと思う。球技大会は体育祭と違って一発本番だが、椿にとっては憂鬱な時期だ。

「今年も、去年と同じ、有志競技と、クラス競技に分かれます。」

有志競技というのはクラス関係なくチームを作って参加するもの。いわゆるガチ勢のための競技だ。

今年はバスケとバレーボールだ。

そして、クラス競技というのはどれかしら参加しなければならない競技だ。

クラス内でチームを組むが、クラス全員で挑むわけではない。クラスメイトの中から同じ競技を選択した人と組むことになる。

椿は、ドッヂボール、サッカー、ソフトボールの中から二つ選ばなくてはならない。

「アンケート用紙に記入して、今週末までに出してください。間に合わない人や、不備がある人は勝手に組まれます。」

ちゃんと出してください、とくぎを刺す奈乃香の瞳は椿に向いていた。


木枯らしが吹いて、椿の頬は赤く染まる。

「臣はなににするの?」

「バスケに誘われたので。」

太陽あたりの男子だろう。

また女子が群がるのが想像つく。

「お嬢は?」

「ドッヂボールとサッカー。」

「サッカーですか?」

驚いたように聞き返す。何が意外なのかわからないが、椿は理由を話す。

「サッカーは動かなくてもいいでしょ。」

清臣は黙り込む。

何か考え込むような雰囲気に椿は、清臣の横顔をまじまじと見つめる。

二人の視線がぶつかり合う――と思うと清臣は言う。

「球技、下手ですもんね。」

「なによ。」

それ以上言い返せないくらい、清臣はドッヂボールもバスケも上手い。

「どうやったらそんなうまくいくのか、教えてほしいくらいだよ。」

「教えましょうか?」

「え?」

運動音痴の椿には、スポーツが教えられてできるものだという感覚は理解ができない。

激しく首を横に振った。

「この間みたいに怪我されても困ります。」

球技大会は男女別だから、椿は清臣に助けてもらうこともできない。

清臣の無言の圧に押されて、椿はしぶしぶ頷いた。


学校のジャージを着た椿は寒さで小さく震えていた。

「なにも今日やらなくても……」

「善は急げっていうじゃないですか。」

「なんでそんなにやる気なの?」

清臣は答えない。

その代わり冷たい視線がはやく動けと言っている。

最初に言われた通りに、清臣から二メートルくらい離れた位置に立つ。

清臣は軽く構えの姿勢をとるとボールを投げるが、椿がそれを認識したころには、目の前にボールがあった。

息をのんで目を強くつむるが、直前で軌道を変えたボールがぶつかることはなかった。

「いまのなに!?」

「当たらなきゃ上出来です。」

満足げに見える清臣に椿は慌てて言う。

「また同じの投げられたら絶対当たるから!」

「本番はこれよりもっと速いですよ。」

「そんなわけあるか!」

清臣がボールを持つ手を振り上げたので椿は黙って構えの姿勢をとる。

「わかりました。もう少し手加減しましょう。」

優しい顔を無理やり作って言う清臣。

ムカつくが、どうやっても清臣に勝つ方法は思いつかない。

椿は少しは速さもマシになったボールを体をくの字に曲げて避けた。


日も暮れてきた。

時間にしては十分もないが、清臣のボールから逃げ続けていたら、椿は息を切らして動けなくなった。

「体力ないですね。」

とはいえ、清臣のボールが当たることは一度もなかった。

すごいスピードのボールを言われるがまま避けていたのだが、椿が上手いのか、清臣が上手いのかわからない。

癪だけど、たぶん後者だ。

「投げるの教えてよ!」

もう避けるのは飽きた。

「できますか?」

「できるよ!」

清臣に手渡されたボールをしっかりと握って思いっきり腕を振る。

風が止まって、時が止まったように感じる。

椿の気合に清臣までもが飲まれた。

プロ野球選手のようなフォームで、椿の手からボールが離れる。

綺麗な弧を描いてボールは――椿のすぐ足元に落ちた。

「本番では投げない方がいいですね。」

椿はすっかりやる気をなくしていた。

「臣はどうしてできるの。」

「お嬢はどうしてできないんですか。」

何も返せない椿は拗ねたようにうつむいて、ボールを軽く蹴った。

「やる気は、あるんだよなあ。」

あんな風にシュートを決められたら、かっこよくて、気持ちいいだろう。

私だって……

清臣は足元に転がるボールを拾って椿に持たせる。

椿がはてなを浮かべて戸惑っているうちに、清臣はすぐ後ろに立つ。

「ちゃんと持ってください。」

清臣は椿の手に重ねてボールを握る。

「お嬢はボールを放すのが早すぎます。まずは手のひらでしっかり握って。」

心臓が鳴る。

初めてじゃないのに慣れない。

椿は思わず一歩踏み出して清臣から離れる。

体が冷気に包まれて、熱くなった顔が冷える。

「どうしました?」

「いや……別にその、こんなに近くなくてもいいじゃん。」

椿はうつむいていう。清臣の体温がまだ残っていた。

「やりにくいんです。」

「臣は無神経なの……誰だってそんな近かったら緊張する。」

清臣が手を伸ばしたかと思うと、冷えたその手が椿の頬に触れる。

「顔、熱いですよ。」

清臣の口元には優しい笑みが浮かんでいた。

「なにその顔!からかってるの?」

椿は勢いよく清臣から離れる。

「まさか。」

清臣は眉を上げて言う。

それがわざとらしくて、椿は手に持っていたボールを投げる。

投げたボールは弧を描くと、清臣の肩にあたる。

「あ、ごめん……」

謝ろうとした椿を遮って言う。

「できたじゃないですか。」

臣は前よりも笑うようになったと思う。

                                                                                                              

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