椿、イタリアへ行く
「ちゃお!」
上陸して最初の言葉だった。
「椿、イタリア語も喋れるのか!」
憂は上機嫌である。
冬休みを利用してイタリアに旅行に来た。
2泊3日。とはいえほとんど移動だから、観光で回れる場所も少ない。
「今更なんだけど、なんでイタリアに来たんだっけ?」
「本当に話聞いてないんだなあ!俺の可愛い妹さんは!」
「俺らが留学してた大学に行く。」
そういえば兄はイタリアに留学していたのだった。
「とはいえ、今日はもう遅いからね。」
時刻は夜の9時。時差とフライト疲れもあって、へとへとだった。
兄が予約したホテルはいかにもな高級ホテルで、一つの扉の中に三部屋もあると言う構造だった。
プールと台所までついている、2泊じゃもったいないホテルだ。
椿は疲れのせいか、布団に入るとすぐに眠りについた。
椿は目についたもの全てを物珍しそうに見ながら歩く。
「テレビの中の景色じゃない?」
興奮した様子でいう椿の相槌を打つのは清臣の役割だった。
「臣は、海外初めて?」
「はい……あ、いや、ずっと昔に行ったことがあるはずです。覚えてないですけど。」
「そうなんだ……実質初めてだね。」
椿にガタイのいい外国人がぶつかる。
「ごめんなさい……」
相手のsorryまでは聞き取れたがそれ以降は何もわからない。
頭にはてなを浮かべる椿だが、相手は人のいい笑みを浮かべて手を差し出してくる。
椿が困って首を傾げると横から清臣が口を出す。
外国語だ。しかし、英語ではない。
少し怒気をはらんだような清臣の声に相手はにこやかなまま、謝罪のようなジェスチャーをして立ち去る。
去り際に笑顔が消えたのは椿にもはっきり見えた。
「なに、今の?」
「ナンパですよ。ここではよくある。」
少し嬉しそうな椿に釘を刺す。
「純粋な好意だけじゃない。犯罪に巻き込まれることもあるので、絶対乗せられないようにしてください。」
「海外って怖いね……っていうか、さっき喋ってたの何語?」
「イタリア語です。」
「喋れるの?適当いってたわけじゃないよね?」
「助けてやったんですから感謝してください。」
「……ありがとう。」
兄の母校はヨーロッパ風の建築で街に溶け込んでいてオシャレだった。
周りから聞こえてくるのはイタリア語と、英語。英語は少々聞き取れたが、広すぎる大学を回る気も起きず、早々に退屈してしまった。
兄も清臣も、スタイルのいい外国人ばかりの中でも見劣りしないというのに、椿は小学生に間違われた。
疲れた椿を清臣と一緒にカフェテリアに置いて兄は予定を消化しに行った。
「お兄たち、なんのためにここに来たんだろう?」
明日は朝早くのフライトで発つから、このためだけにイタリアに来たも同然だった。
「お嬢は、極道とマフィアの違いはわかりますか?」
「えっと……極道は薬とか?マフィアは人殺し?」
マフィアの方が重い罪を犯していたそうだった。
「簡単な話で、日本の犯罪組織が海外の犯罪組織かっていう違いです。」
「やってることは同じってこと?」
清臣は頷く。
椿は母の話を思い出すが、母は京極の家業をマフィアとも極道とも言っていた気がする。
「うちは、今のボスが作り上げた新しい組織ですが、そのルーツはマフィアなのでそう言ったんじゃないですか?」
「そうなの?」
「ボスが昔、マフィアの一員だったっていうだけの話ですが。」
「そういえばおじいちゃん外国の血が混じってるって言ってた。」
「それは、初めて聞きました。」
椿は甘ったるいコーラを口に含んで、飲み込んだ。
「京極家っていうのは、どういうことをしてるの?」
椿の瞳は清臣の方を見なかった。
「正確には、マフィアとも極道とも違います。」
マフィアとか極道とかよくわからないのにらそんなことを言われたら、わからないことだらけになる。
「慣習というか……ルールは極道を踏襲していますが、ボスは俺らに薬物を使ったり、京極家という名前を使った脅しは禁じています。」
……よくわからない。
「俺らがするのは公的に行えない仕事……暗殺とか、裏取引です。言い方は悪いですが、政府の犬であり、金持ちの犬です。」
犯罪をしているということには変わりはないようだった。
しかし、それが普通の極道とかヤクザとかと違うのは、公人がバックについているということだろうか。
「依頼を受けているという形である以上、俺らの罪が問われることはありません。」
「そんなに、うまく行くことなの?政界にもライバル関係とかあるでしょ?」
「お嬢にしては鋭いですね。」
「なによ。」
「俺らは実際の力や人間関係に関わらず仕事を受けます。お金さえもらえるなら。それが、できるのは、向こうにとっても俺らがいなくなったら困るからです。」
椿はまだ納得がいかない。
「何かと都合がいいんですよ。」
清臣が黙ると、椿も黙り込む。
兄が遠ざけようとしていた事実を、清臣はしっかりと伝えてくれた。
いずれ向き合わなければならなくなることを、清臣は自然な形で椿に教えてくれた。
「お兄は、私のことどう思ってるかな。」
「どう、って?」
「両親が私にずっと兄の存在を言わなかったこととか。」
椿は何も知らず、守られて生きてきたのに、兄は早くからその事実を知り、京極家としての使命をまっとうしてきたらしいこととか。
「私は、お兄たちにも、疎まれていい気がする。」
少しの沈黙の後、清臣は言う。
「俺は、若ではないので、わかりませんが、気になるなら聞いてみたらいいんじゃないですか?」
その声の優しさに椿は思わず顔を上げる。
そして、思わず笑みをこぼした。
「無愛想なくせに臣が言うと信じたくなっちゃう。」
清臣は呆れたような顔をするだけだった。
「お、いた。」
憂が戻ってきた。
「まだかかりそうだから、観光してきてよ。」
「いいの?」
椿の顔に元気が戻る。
「臣、任せていい?」
任せていい?なんて、子どもか。と思ったが言わないでおく。
街に出れば椿は少し大人びて見えるようだった。
また、外国人に情熱的な言葉を吐かれている椿に「なんでそんなにふらふらと……」と清臣は言う。
「……ごめん。」
だってあまりに街並みが綺麗だから……
「首輪でもつけておきますか?」
「ごめんって。」
椿はぐるりと街を見渡す。
気持ちのいい晴天だった。
「ねぇ、臣。あのバッグかわいい!」
「値段見てください。」
小数点以下もいれてゼロが七桁。
一ユーロが百円に当たるのだと知ったのはこっちにきてからだ。
「なんでこんな高いのばっかりなんだろう。」
答えはここが高級ブランド街だからだが、有名なロゴばかりだから椿にもわかる。
「円安だね。」
日本でも売っている化粧品の値段は約二倍だった。
「現実的ですね。」
「あ、アイスあるよ。すごい色。」
日本ではあまり見ない蛍光ピンクだった。
「買おっかな。ちょっと寒いかな。」
「今日くらいいいんじゃないですか?」
「私が風邪ひいて大変になるのは臣だよ?」
「風邪ひいてた方が大人しくていいと思いますけど。」
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