椿と憂欝
「お嬢、いい朝ですね!」
さわやかな笑顔のせいで、空に太陽が二つあるかと思うくらいだった。
「それにしても、臣は毎朝お嬢のこと起こしてるんだね。」
明るい笑顔は臣にも向けられた。
「……誰?」
椿が聞くと臣は険しい顔で言う。
「俺も知りません。行きましょう。」
椿の視線は清臣と見知らぬ男の間を行ったり来たりする。
「ちょっと待って!臣、それはないじゃん。俺ら戦友だろ。」
必死に引き留めたおかげか、清臣は足を止めて相手を例の冷たい視線で射抜いた。
「戦友ではないですし、なんでいるんですか。」
清臣の敬語に、椿の視線の移動はますます早くなる。
「しばらくの間、俺もお嬢の護衛になる。」
男はまぶしい笑顔を再び椿に向ける。
「これから、よろしくお願いしますね。」
椿はぎこちなく挨拶を返した後、その名前を尋ねた。
「川越陽太と言います!」
そう元気に応えた彼は、学校までの道中、とてもよくしゃべった。
学校の最寄でふと姿を消した陽太が次に姿を現したのは放課後――ではなかった。
「今日も全員いるな!じゃあ、今日はちょっと大事な話するからな。太陽、こっち向け!」
そういえばここにも元気な人がいた。
太陽の返事を聞きながら、陽太の明るさを思い出していた。
「今日からうちのクラスに教育実習生が一人来る。先生、入って。」
そうして教室に入ってきたのはほかでもない陽太だった。
「イケメン!」
語尾にハートがつきそうな勢いで葵が言う。
「川越陽太と言います。短い間ですが、よろしくお願いします。」
椿が目を丸くするのと同様に、清臣も驚いていた。
そんな中太陽が言う。
「先生、俺と名前同じ!」
確かに、『太陽』をさかさまにすれば『陽太』だがそんなことどうでもよかった。
「陽太さんって大学生なんですね。」
「いや全然。」
「え?」
「年齢的に学生はキツイかなって。」
つまり、学校に潜入するには実習生の立場が最善だったらしい。
「全然!私と同い年かと思ってました。」
「ほんと?うれしいなあ。何歳に見えます?」
陽太は言ってからあっという顔をする。
「こういうのって嫌われるんだっけ?」
「まあ陽太さんなら大丈夫じゃないですか?カッコよかったら許されます。」
「お嬢って褒め上手ですね。」
陽太は(忘れていたが)異性が苦手な椿にとってかなり話しやすい性格をしていた。
「陽太さんはどこに住んでるんですか?」
「普段は本家の方で……こっちにいる間は臣のところに。」
「聞いてないですよ。」
陽太は眩しい笑顔のまま清臣を見る。
「いやだった?」
「いやですよ。」
「わがままだなあ、清臣くんは。」
二人のやりとりを見て思う。
清臣はなんだかんだ愛されているようだ。
「それなら、うちに来ますか?」
陽太は驚いて「お嬢は優しいなあ。」と笑う。
「お嬢、もう少し自覚してください。」
清臣は相変わらずの不機嫌そうな顔でそういう。
「どういう意味?」
まったくもって理解できない。
「お嬢、クレープ食べますか?」
「食べたい……です!」
「奢りますよー。」
清臣は不機嫌な顔のまま二人を睨んだ。
窓いっぱいの夕焼け。
遠くでカラスが鳴いている。
冬の気配がしていた。
微かにブラスバンドの演奏が聞こえた。
お嬢、と名前を呼ばれて椿は声の方を見る。
陽太だった。
「陽太さん……どうしたんですか?」
「教室、使ってないなら鍵閉めちゃおうと思って。」
「あ、じゃあ、教室でますね。」
「大丈夫です……なにしてたんですか?」
学校での立場上は教師と生徒なのに、本当はボスの孫娘とその手下。
なんだか変な感じがする。
「臣のこと待ってて……」
「大変ですね、お嬢も。一人じゃ出歩けないなんて。」
「うん……ずっと前に、臣にも言われたことあります。」
あれは、蔑みだった。陽太は、哀れみか……
「大丈夫ですか?」
陽太の視線の先は、椿の手——仁が座っていた席。
「大丈夫……って言ったら嘘になるけど。」
わからなくなっていた。
「何もかもが急に変わってしまって……」
変化に追いつけないまま過ごしていた。
ようやく追いついた今、それを受け入れるのは難しい。
私はなんだったのだろう。
今まで何も知らず、のほほんと生きてきた。
その裏で、誰かが苦しんでいた。
そりゃあ、恨まれもする。
善人でいたかった。
無視できない心の傷を忘れようとしても、時々抉れたような痛みが襲う。
私はずっと、悪側の人間として生きてきた。
家族が、彼らが、悪い人間とも思えない。思いたくない。
「あいつ……仁はどうなるんですか?」
清臣の言葉の陽太は驚いたような顔をする。
「なんですか、その顔。」
「いや、意外だなあって。」
ムッとした表情の清臣を陽太は宥める。
「前の臣だったら、そんなの頭の隅にもなかったと思うよ。」
「前の?」
「変わったよ、臣。雰囲気マシになったし。マシになっただけね?」
変わったと言われても臣には思い当たるようなことはない。
陽太の言葉を信じるなら、いい変化のようだが。
「臣、お嬢のこと好きなんじゃないか?」
清臣は似合わず、鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をする。
「急に何を……」
好き?
好き、ってなんだ……?
【おまけ】
「もし椿を助けられなかったら、君、クビね。」
という言葉の裏で――
「あの、臣の埋め合わせって誰がするんでしょうか。」
と陽太は興にこっそり聞く。
「埋め合わせ?」
「後任が誰かっていう……」
興は無表情のまま言う。
「お前じゃないか。」
「嫌です!」
「は?」
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