椿、遊園地へ行く4
だめ。絶対にダメ。
椿は心の中で何度も唱える。
絶対に殺したりなんかしちゃだめ。
もう、もう二度と――
銃弾は仁に届かなかった。
椿は荒い息を整えながら言う。
「観覧車乗ろうって、言ってくれたじゃん。仁くんは苦しくなかったの?」
あれは、仁くんがいなくなる少し前。
どれくらい前だったかは定かではない。
今になって気づいたけれど、仁くんの両親と私の両親が仲良かったのは、ただの近所付き合いじゃなかった。
何も知らず、ただ幸せだった私たちは、ここに遊びに来た。
両親は奔放な私を心配して——きっとそれだけではなかったのだけれど——こんなふうに遊びにいくことはなかった。
初めての経験で、しかも大好きな仁くんもいて、舞い上がった私は、両親の心配通り、迷子になった。
理由はなんだっただろうか、やっぱり覚えてないけど、なにかに気を取られていたとかそんな理由だろう。
泣きじゃくる私に、仁くんは優しく声をかけてくれた。
仁くんは昔から優しくて大人びていた。
観覧車に乗ろうと言ったのは仁くんだった。
上から見たらきっと、お母さんたち見つかるからって。
子どもだから係員の人に止められたけど、うまく言い訳してくれたのも仁くんだった。
本当に、カッコよかったんだよ。
「私、私、まだ生きたいよ!初恋はしたけど……彼氏できたことないし、テストで満点取ったことないし、ドッヂボールで最後まで生き残ったこともない!したいこといっぱいあるの!」
「夢ちいさっ。」と憂。
興が銃口を憂に向けると、気まずそうに肩をすくめて口をつぐんだ。
「俺には関係ない。」
仁は冷静にそう言った。
「君が幸せだった分、俺が幸せになることはできない。でも、俺が不幸だった分、君が不幸になることはできる。」
椿は強く目を瞑る。
目の端から一筋涙が溢れた、
恐怖じゃない、痛み。
「これで、痛み分けだ。」
細かい金属音が耳に響く。
銃声が響いた。
銃弾は、仁の右肩を貫く。
仁は銃を手放す。
椿の体は仁から離れる。
「臣!」
投げ出された椿を清臣が抱きとめる。
清臣の腕の中で椿は仁のほうを振り返った。
「仁くん!」
今にも泣きだしてしまいそうな顔がそう叫ぶ。
清臣はそのまま仁の下へ駆け寄ってしまいそうな椿を強く引き留めて、努めて優しい声で言う。
「大丈夫。死にません。」
はっきりと届いたその言葉で椿は落ち着きを取り戻したが、すぐにその大きな瞳から大粒の涙があふれる。
言葉にならない声が、食いしばった歯の隙間から漏れた。
仁は、銃弾が自分に向いて放たれたとわかったとき、椿を遠ざけた。
それは、自分を守ろうとした行動の反動だったのか、それともただ、椿を銃弾から避けたのかはわからない。
ただ、仁のおかげで椿が銃弾から遠ざけられたという事実だけは明らかだった。
想像よりも小さな椿の体が震えながら、すがるように泣いている。
清臣は腕の中で泣きじゃくる椿をただ抱きしめていた。
椿は一言も発さない。
あれだけ泣いたのに、まだ涙は引かない。
時々思い出したように涙がこぼれては、小さくしゃっくりのような息を吸っている。
清臣も何も言わず、ただ椿の隣にいた。
ものの一時間で、すべてが終わった。
物陰にいた敵は仁が雇った素人のようで、それらをすべて制圧すると、争いの形跡など一切感じさせない、元の遊園地に戻った。
彼らが、そして仁がどうなるのかは、清臣にもわからない。
「ごめん。」
椿がぼそりとつぶやく。
清臣が椿のほうに視線をやると、椿はもう一度繰り返して言った。
「ごめん、私、また油断しちゃった。」
少しの間のあと、清臣はゆっくりと言う。
「お嬢は、謝ってばっかりですね。」
「じゃあ、それと……ありがとう。」
椿は言いながら小さく顔をしかめた。
また、涙が出そうだった。
「お嬢、観覧車乗りましょう。」
イルミネーションが滑らかな地面に色だけを映している。
それを見つめて椿は言う。
「なんで?」
清臣は答えなかった。
見下ろす遊園地は静かで、イルミネーションが寂しく光っている。
清臣はまだ椿の手を握っている。
あまり、覚えていなかった。
仁と観覧車に乗った時のことは。
何を話したのか、どんな顔をしていたのか。
唯一、はっきりと思い出せる、あの時握ってくれた手の温かさが、今の清臣の手の温かさに重なる。
仁のことを忘れたいわけじゃない。
「お嬢。」
清臣の優しい声が呼ぶ。
「今日、一緒に観覧車に乗ったこと、忘れないでください。」
でも今は、清臣の優しさだけでいい。
椿はその手を強く握り返した。
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