第60話遠慮なくいただきます
「メディオラ様は……黄泉の国へ行ったの?」
「あるべきところに帰っただけですよ。あれは最初から死者でしたから」
隣に来ていたヘルハウンドが静かな声で答える。振り向くと、アメリアに向かってニコリと微笑んでくれた。
しばらくお互い何も言わず見つめ合っていたが、ギギギギという蝶番が軋む音が聞こえてきて、ふと顔を上げると、黄泉の扉はゆっくりと閉まり始めているのが見えた。
役目を終えた扉は、閉じられれば再び現世から姿を消す。あの世とつながっているのは今この時だけだ。
そのことに気が付いたアメリアは、ほんの少しだけためらったあと、隣に座るヘルハウンドに話しかける。
「今なら……帰れるよ。黄泉の扉が閉じ切る前に行けば、故郷に帰れるんでしょう? ……私を助けてくれてありがとう。もう十分すぎるほど、恩返ししてもらったよ。だから……もういいんだよ」
召喚の儀式が失敗して、ヘルハウンドは現世に取り残されてしまった。帰る手段が眼前にあるのだから、その機会を逃してはならない。
そう告げると、彼は扉を見遣ってから、ゆるゆると首を振った。
「帰りたくないです。……あちらの世界にいた頃は、ただ命令に従うだけの番犬で、自分の意思を持っていなかった。でも今は違う。アメリアさんのそばにいたい。お願いです、これからも一緒にいさせてくれませんか?」
情けなく耳を下げて悲しそうに瞳を潤ませる彼を見て、アメリアは胸がいっぱいになる。
アメリアだって、本当は一緒にいたいと思っていた。
けれど帰る場所がある彼を自分の感情で引き留めることはできなかった。でもそんな風に言われたらもう我慢ができない。
「私も! ヘル君と一緒にいたい! でも、せっかく家に帰れるチャンスなのに……引き留めたらいけないと思って……っ」
「ていうか、こちらで長く暮らしていたから、体が現世に馴染みすぎてもうあの世に帰れないと思うんですよ。扉をくぐったら死ぬんじゃないですかね?」
多分ですけどね、と言って笑うヘルハウンドを見て、力が抜ける。もしかするとアメリアに罪悪感を抱かせないようにする方便なのかもしれないが、あえてそこは聞かずにいておこう。
じゃあこれからも一緒にいられるね、と笑いあっていると他の魔物たちが不満げに声をあげる。
「ねえ、僕らのこと忘れてない? 結構傷だらけでヘトヘトなんだけど」
「俺ももう限界。もうバレちまったから言うけど、俺にも魔力をくれよ。死にそうなんだ」
「へっ? あ、そっか。えーっと、どうぞ?」
自分の意思で魔力を譲渡してきたわけではないので、一体どうやって彼らは摂取していたのか、今更ながら疑問が沸いてくる。
先ほどのピクシーを回復させた時だって、体感としては何も変化が無いので、本当に魔力を吸われているのかよく分からない。
どうぞと言われた彼らは、「じゃ、遠慮なく」と言いそれぞれアメリアの頬に口づけた。
ちゅうっと音を立てて吸い付かれて、アメリアは今日一番の叫び声をあげた。
「きゃあああああ!?」
「ちょっとアメリア動かないでよ。食べづらい」
「どうぞって言ったんだから大人しく吸わせろよ」
顔を真っ赤にしたアメリアに構うことなく、魔物たちは頬を食み続ける。
いやこれふざけているだけでしょ! と引き剥がそうとしたが、みるみる彼らの傷が癒えていくのを目の当たりにして、頬に吸い付かれている事実をしばし忘れて見入ってしまった。
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