第31話ゆっくり治していこう



 問われるままに実家で過ごしてきた日々のことを魔物たちに語ると、彼らは一様に痛ましいものを見るような目をしながら聞いていた。


「長年虐げられた結果だから、いきなり治るものではなさそうね」

「でもさ、最初に会った時よりマシになってるから、ちゃんと治るって」

「まともな味付けの食事でだんだん味覚を矯正するのがいいと思うよ」

「きっと大丈夫ですよ! 良くなっていますから!」


 アメリアが健康になれるようこれからも協力するからと皆から励まされ、ついにアメリアの涙腺が一気に崩壊した。

 こんなにもアメリアのためを思ってくれていたのに、それに対し勝手にやっているとか酷い言葉をぶつけてしまった。

勝手なのは私のほうだと猛省して、床に頭をこすりつける勢いで謝罪する。


「ごめん! 皆の気持ちも考えないでひどいこと言っちゃった……」


 人として間違っていましたと平謝りすると、魔物たちはイイヨイイヨとすぐに許してくれて、暴言を吐いたアメリアを責める様子は少しも無い。


「いいのよ。アタシたちも配慮が足りなかったわ。最初からアメリアに全部話せばよかった」

「マ、俺らが気を付けてやればいいからって、お前に黙って勝手に色々押し付けていた俺らも悪かったよ」

「別に感謝されたくてしてたわけじゃないから、謝らなくていいよ。ただ恩人のアメリアには健康でいてほしいなって思ってるんだ」

「にしても、アメリアさん自分のことに無頓着すぎません? 地獄で勉強した人間の死因のなかで、セルフネグレクトっていう緩やかな自殺があったんで、最初それかと疑っちゃいましたよ」


 自殺レベルでやばいらしいが本当に自覚がない。生きることに前向きかと言われればそうでもないが、せっかく自由を手に入れた今、積極的に死にたいなどとは思っていない。むしろ制限され続けた分、好きなことをして暮らしたい。


 そのためには、ある程度健康に気を付けて暮らさないとダメなのだと知った。とはいえ、まさか人ならざる者である魔物から健康について説かれるなんて、人としてダメな気がする。


「今までお礼も言わずにごめん。正直に告白すると、恩返しなんかいらないから一人静かに暮らしたいとか思ってた。今でもまあ……誰とも関わらず一人で暮らしたいって願望があるけど、自分ひとりじゃ健康的な生活を送るのは難しいんだって理解した。今更だけど……ありがとう」


 ぺこりと頭を下げると、魔物たちは満足そうにうんうんと頷いている。


「アタシたちはアメリアに恩返しがしたくてここにいるんだから、もっと頼ってくれたほうが嬉しいわ」

「俺らの命を助けてくれたアメリアのためなら、なんでもするよ」

「そうそう、アメリアのためになるなら僕らも嬉しいし」

「一生あなたに尽くしても、返せないほどの恩があるんですから、お礼なんていいんです」


 こんな聖人のようなことを魔物から言われることになるとは……とアメリアは感動を通り越して虚無に陥りかけていた。本当に魔物という存在を誤解していたと改めて猛省する。


魔女教育で習った魔物に関する教科書は間違いだったのだと彼らを見て実感する。

悪しきもの、心の無いもの、ヒトとは相いれないものだなんて全くの嘘ではないか。彼らは、アメリアが出会ってきた人々よりよっぽどまともで心優しい。


「ありがとう。これからは皆の言うことをちゃんと聞いて、自分でも健康に気を付けるようにするよ」


 実質、アメリアが魔物たちとの生活を受け入れる言葉だった。


それまで、明らかな拒絶を感じつつも無視して住み着いていた魔物たちは、ようやく家に住み着くことを家主から認められたことに安堵し、顔をほころばせる。




 その日の夜は、普段より豪華な食事が食卓に並んだ。

 いつもなら食べたらすぐ席を離れてしまうアメリアも、今日はぎこちないながらも会話に応じて、一緒に食事を楽しんでいた。味付けのことを訊ねて、調味料がどれだけ入っているのかなどを教えてもらい、味の感じ方を皆で意見を出し合ったりして、いままでにないほど弾んだ会話をして時間を過ごした。


 夕食後、湯を使ったアメリアはいつもより早い時間ではあったが眠気に抗えなくなり、早々に床についた。

 縁を切られたはずの兄が訪ねてきて、精神的に疲れたのだろう。ベッドに入ったアメリアはあっという間に寝付いてしまい、夢も見ないほど深い眠りについた。



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