第30話自己防衛によるもの


 彼らがアメリアのためを思ってしてくれたことで、それを受け入れて今まで暮らしていたのに今更文句を言うなんて最低だ。急に頭が冷えて猛烈な後悔が襲ってくるが、もう後の祭りだ。吐いた言葉はもう取り消せない。

 キョドキョドと目線を彷徨わせていると、その様子を見ていたピクシーが口を開いた。


「確かにアタシたちが勝手にやっていたことだから、それを感謝しろっていうのは違うわよね。それはごめんなさい」

「でも、アメリア一人だったらもう死んでたんじゃないかってのは、本当だよ。魔物の僕から見ても、不健康すぎて怖くなるレベルだったもん」


 てっきり怒られるか嘆かれるかのどちらかと思っていたのに、なぜか健康の話を持ち出されたので拍子抜けしてしまう。


「け、健康……? 私が不健康ってこと?」


 問い返すと、魔物たちは揃って大きくうんうんと頷く。


「アタシが来る前、自分がどんなもの食べていたか覚えている? 海よりしょっぱい塩粥と、洗った生野菜だけよ? しかも畑に野菜がない時は粥しか食べないっていうめちゃくちゃな生活してたのよ。栄養も食事量も足りてないから、ガリガリだったじゃない」

「言いたかないけど、俺と初めて会った時も、病人より不健康な見た目してたぞ。寝落ちかと思ったら低血糖で意識失くしてたこととか、自分で気付いてないだろ」

「えっ……?」


 ピクシーとサラマンダーに、当時アメリアがどれだけ不健康だったかを語られ、もうアメリアはもう涙目だ。


「それにアメリアって真冬でも床に座り込んで氷みたいに冷えても気付かないじゃん。堅い床にずっと直座りでアザができても気にしないしさ。だから床にラグを敷いてソファも置いたんでしょ。おかしいのは味覚だけじゃなくて、痛覚とかも鈍いんだよ」

「アメリアさんに健康になってもらいたいから、家も快適に住みやすく、食が進むよう皆色々工夫したんですよ。ほっとくと死んじゃうんじゃないかって皆心配しているんだと思いますよ……」


 まさかそんな風に思われたいたなんて全く思っていなかった。というか本人としては自分が不健康だという自覚はないので訳が分からない。


「待って待って。味覚がちょっと鈍いかもってのは自分でも理解したけど、ちゃんと食べてたしそんな死にかけるほどじゃなかったと思うんだけど……それに寒い時はちゃんと上着を着ていたし……多分……」


 魔物たちからものすごく可哀そうなものを見るような目で見られて、あれ? これ本当に私がおかしいの? という気になってきた。


「で、でも! 私の味覚がおかしいとか言う前に、皆の味付けだってちょっとおかしいと思うの! だって飲み物もめっちゃくちゃ甘くするし、パンケーキには馬鹿みたいに蜂蜜かけるし! 魔物基準で考えるから、私が色々おかしく見えるだけだよ!」


 かろうじて反論してみせたが、それも呆れ顔のピクシーに一蹴される。


「アメリアの味覚で唯一まともに機能しているのが甘味だけなのよ。あとは塩味も辛味も苦味もほとんど感じてないから、甘さだけをすごく感じるんだと思うわ」

「身体的に問題があるわけじゃなさそうだけど、普通の人間よりだいぶいろんな感覚が鈍いよね。なんか理由があるんだろうけど」


 味覚がおかしくなったのはいつ? と問われアメリアは額に手を当て過去を思い返す。


「屋敷にいた頃……頭の良くなる食材とか全部ぶち込まれた激マズスープとかを毎日食べていたんだよね……最初死にそうになりながら無理やり流し込んでたけど、気付いたらあんまり味を感じなくなっていた気がする……」


 言われて思い返してみれば、自分の味覚がおかしくなった原因に心当たりがある。

 屋敷にいた当時、出される食事に文句を言える立場になかったため、どんなに不味いものだとしても間食しないわけにいかなかった。

 毒が入っているわけではなく、むしろ体に良いものばかりを使って作られた食事なのだから味に文句を言うほうが間違っていると言われ、無理やり胃に詰め込んでいた。

 そんなことを続けていくうちに、マズさが気にならなくなっていった。味に慣れたのかと当時は思っていたが、味を感じなくなっていたのかとようやく思い至る。


「実家にいた頃の食事が酷すぎて……我慢して食べていたせいかも……?」


 頭が良くなるとか体にいいとかいう食材を、全部ぶち込んだため味はひどいものだったというエピソードを語ると、魔物たちが全員顔をしかめながら納得した。


「味覚がおかしくなるほどマズイものを食べさせられ続けてきたの? 可哀想に」

「魔女ってのは頭おかしいのか? なんでわざわざマズイ食事を作るんだよ」

「甘味だけまともってことは、甘いお菓子とかは食べさせてもらえなかったのかな? なんにせよ、ひどいね」

「体に良い食材とやらで死にそうになるとか酷い話です」


 痛みに鈍いのも、家庭教師から物差しで叩かれた時、あなたのためにしているのだから痛そうな顔をするのは失礼だと言われていたせいで、叩かれても痛いと思わないようにする癖がついていた。

 思い返してみれば、確かにあれほど痛かった物差しや鞭が、ある頃からあまり痛いと感じなくなっていた気がする。

 我慢強くなったと努力が実ったようなつもりでいたが、あれは痛覚がおかしくなっていたのか、とようやく自覚した。

 


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