第21話気遣いがすれ違う
(無能が何も成さずに長生きしても意味ないって言われてたのになぁ)
自分の説教が全く響いていないのを感じ取ったピクシーは、諦めたようにため息をついて、優しい声で諭し始めた。
「あのね……私があなたの健康を心配したらおかしい? 命の恩人に健康で幸せでいて欲しいと思うのは、人として当然の感情じゃない?」
至極真っ当な正論で諭されてアメリアはぐうの音も出ない。すごく人間味あふれる温かい言葉に一瞬じーんと胸が熱くなるが、そこでハタと気付いた。
「いやいや、心配してくれるのは嬉しいけど……人としてって、ピクシーは魔物だし人じゃない」
「やあねえ、それって魔物に対する偏見よ? 差別は良くないわアメリア」
「ええ~……差別? え? ご、ごめんなさい」
叱られてなんとなく謝ってしまうと、にっこり笑ったピクシーがそのまま流れるようにアメリアを誘導し食卓に座らせる。
「分かってくれればいいのよ。じゃあ食事は軽いものにしましょうか。今日はアメリアのために買い物に行って、美味しいものをたくさん買ってきたから、楽しみにしていてね♡」
「あ、はい……あ、ありがとう」
いそいそとピンクのエプロンをつけて台所へ向かうピクシーに、ついでに気になったことを訊ねてみる。
「ねえ、ピクシーって何でアタシって言うの?」
見た目が女性っぽいので、以前性別があるのか訊ねた時は『男』だと言っていたが、喋り方も女性らしい物言いをするので、どうしてだろうとずっと疑問に思っていた。
アメリアの問いかけに彼はくるっと振り返って、ちょっと拗ねたような顔で答えた。
「あなたが女の子だから、優しい喋り方を心掛けたつもりだったのよ」
変かしら? と不安げに問い返され、そんな顔をされると思っていなかったアメリアは、慌ててブンブンと首を振る。
「ピクシーは人に化けて暮らしたことないから、実はあんまり人間のこと知らないんだよねー」
ケット・シーが横から口を挟んできたので、余計なことを言うなとピクシーに耳を引っ張られていた。どうやらもの知らずであることを、ピクシーは恥じているらしい。
「うるさいわね。アタシは自由に生きるのが好きだったの! 人に紛れて暮らしたいとは思わなかったから、知らないことがあっても当然でしょ」
「昔は人化できなかっただけだろー? 強がるなよー」
サラマンダーがツッコミを入れると図星を刺されたのかピクシーが顔を赤くして全力で彼の頭をぶん殴った。普段たおやかできれいなお兄さんといった風情なのに、からかわれてむきになるその様子が妙に人間臭い感じがしてちょっと意外だった。
(魔物も、知らない事とか、恥ずかしがったりするんだ)
ヒトとは違う仕組みで生きている魔物なのだから、何を考えているのか分からなくて怖いと思っていたから、この反応にはちょっと親近感を覚えた。
喋り方は別に変じゃないと言いたかったが、もたもたしているうちにピクシーは台所へ行ってしまった。
気遣ってしてくれていたことに気付かずに、揶揄うみたいになってしまったことを申し訳なく思ったが、謝るのも変な気がして結局アメリアは口を噤んだ。
軽いものを、とピクシーが宣言したとおり、アメリアに出された食事はチーズのリゾットだけだった。
熱々のリゾットをふーふーしながら口に運ぶ。味は正直よく分からないが、量が少ないのは有難い。一皿食べれば終わりだと思っていると、食卓を見た他の魔物たちがぶーぶーと文句を言い始めた。
「えー! メシこれだけかよ! 買ってきた肉はどーしたよ?」
「丸鶏のロースト作るっていったじゃあん。こんな汁だけじゃ足りないよぉ~」
サラマンダーとケット・シーが盛大に不満を述べ、ピクシーに頭をぶん殴られていた。
「アメリアが今日は食欲無いっていうんだから肉はまた今度よ。文句言わず食べなさい」
そう言われると二人はしぶしぶスプーンを手に取り、ピクシーの席に着いた時点で一緒に食べ始めた。
なぜかこの魔物たちは『食事はみんな揃って食べる』という謎ルールをまもっていて、アメリアもそれを強制されている。
(ていうか、みんなずっと私と同じものを食べているんだよね……魔物なのに……)
魔物の特性をまとめた事典も昔全部読んだが、実際に彼らの生活を目の当たりにすると、あんなものはただ噂話をまとめただけのものだったのだと実感する。
酒やハーブは魔を祓うとも書いてあったが、目の前の魔物たちは鶏肉のハーブ焼きはむしろ大好物だし、ワインに至っては浴びるように飲んでいる。人と同じように暮らしている彼らを見ていると、人と魔物の境界線が分からなくなってくる。
「アメリア、そろそろ薬屋に納める商品できたの?」
「きょ、今日これから頑張ります……」
薬屋に納品する約束の日が近いことをしっかりと覚えていたピクシーが、作業部屋のほうを見ながらアメリアにするどく指摘する。すると、横から聞いていたサラマンダーが話に加わってきた。
「おっ? 町に行くのか? じゃあ今回は俺が一緒にいってやんよ」
「いや……ほかに寄りたいところもあるので……」
町へ納品に行くとき、ここ最近は誰かしら絶対一緒についてくるようになった。一人で大丈夫だといつも言っているのだが、遠慮しないでいいと返され結局押し切られている。
今回も一応断りの言葉を言ったのだが、完全に聞き流されたようで、サラマンダーは勝手に出発時間を決めている。
(私のことなのに、勝手に決められている……)
多分、彼らは彼らなりにアメリアを気遣ってくれているのだろう。
食事だってさっきのように、食欲がないと言った自分に合わせてくれたのだし、それは有難いと思っている。
だが、何度言ってもコーヒーは飲ませてくれないし、甘いものは得意じゃないと言っても強制的に食べさせてくるし、なにより基本的に魔物たちはアメリアの言うことを聞いてくれない。
自分の家なのに、アメリアのほうが魔物の家に紛れ込んでしまった邪魔者みたいな気森にさせられる。
恩返しに来た、と魔物たちは口を揃えて言う。
色々してもらって、気遣ってもらってありがたいとは思っている。
けれど、彼らと過ごす時間が増えるほど、何とも言えない居心地の悪さは増していくばかりだった。
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