第20話魔物に叱られる
雨が止んだので庭の畑の様子を見に行くことにした。
土砂降りだったから、畑が水没してやしないか心配だったが、薬草を植えているところは事前に屋根をかけていたので畝がくずれることなく無事だった。
栽培している野菜のいくつかが雨で倒れてしまっていたが、水はけがよい土地のおかげでそれほど被害はなさそうだ。
トマトの支柱が曲がったところを直し、雨で崩れてしまった畑の畝を直す。
さきほどまで自棄を起こして畑も仕事もどうでもいいなどと思ってしまった自分を反省しつつ、黙々と作業を続けた。冷静になって考えれば、貴重な食糧である畑はどうでもいいわけがない。最悪、町の仕事を失っても、畑があれば何とか食いつないでいけるのだから、これだけは死守しなくてはいけない。
畝を直すついでに、生長してだんだん込み合ってきた人参を小さいものからいくつか間引いて整えた。
「そういえば、お昼ご飯食べてないな……」
少しお腹が空いたような気がしたアメリアは、この間引いた人参を食べてしまうことにした。井戸水で泥を落としてから、そのまままるかじりすると、まだ小さな人参は柔らかくて食べやすい。
「間引いたのを捨てるのももったいないしね」
ほうれん草も生えてきたところから生育の良いものを残して、間引いた分を井戸水で洗いそのままモシャモシャと食べる。
そのまま間引いた分を全部食べきってしまうと、かなりお腹がいっぱいで少々きつい。
畑の整備が終わった頃、出かけていた魔物たちが帰って来た。
外にいるアメリアを見つけ、駆け寄って声をかけてくる。
「あ、アメリア起きたの。お昼まだでしょ? 何か食べやすいもの作るわね。顔色良くなったじゃない。もうだるくない?」
「うん、もう平気。ありがと……」
なにやら買い物をしてきたらしいピクシーは、紙袋を抱えながら嬉しそうにアメリアに微笑みかける。
いなかったのは町へ買い物にでかけていたかららしい。
ピクシーもそうだが、魔物たちは時々町へ買い物に行っているようで、家の冷暗所に知らない食材などが勝手に増えている。
(働いてないのに、お金とかどうしているんだろう……)
不思議に思ったので、一度それについて訊ねてみたことがあるのだが、『むしろ一文無しだと思ってたの? ひどいわあ』と嘆かれたので、それ以上訊けなかった。彼らの過去はよく知らないが、ヒトの生よりもはるかに長い時間を生きているはずだ。市井に紛れていきるためにある程度の財産を持っていてもおかしくないのかもと一人で納得する。
一応、アメリアのために買ってきてくれたものに関してはお金を支払っているのだが、いつの間にか魔物たちが貯金箱を作っていて、そこに貯められているらしい。
お昼は何がいいかしら~とご機嫌で話すピクシーの言葉を遮って、アメリアはお腹がいっぱいであることを伝えた。
「ううん、さっき畑で野菜食べて満腹なんで、私は要らないや」
アメリアの言葉を聞いてピクシーの眉間に深いしわが刻まれる。
「はあ? 畑で? まさかそのまま洗っただけの野菜をまるかじりしたんじゃないでしょうね」
「そうだけど……」
ピクシーの額にぴきりと青筋が浮かぶ。
あ、怒らせた、と分かったが、なにがダメなのか分からず、アメリアは首をかしげるしかない。そんな仕草もピクシーの怒りに火をつけたようだった。
「あのねえ! いつも言っているけど、食事ってのはお腹が膨れればいいってもんじゃないの! 野菜だけ齧って終わりなんてダメに決まってるでしょ! 栄養が偏るでしょ! なんでアメリアはいっつもそうなの! ちゃんとバランスの整った食事をしてって言ってるでしょ!」
栄養というならばとれたて野菜なのだから栄養満点だと思うのだが、ピクシー的にはダメらしい。
タンパク質が脂質がミネラルがと、よく分からない説教が続いているのだが、アメリアは『魔物のくせに人間の栄養学に詳しすぎじゃない?』などと余計なことを考えていたのであんまり頭に入ってこなかった。
とりあえず、野菜を齧っただけではダメだということだけは分かった。
(そういや牧草を食べる牛も、ミネラル語りないから岩塩を舐めるとか本に書いてあったな……)
何かの書物で読んだ豆知識を思い出したので、調薬用の岩塩を手に取ったところ、アメリアの意図を察知したピクシーがそれを手刀で素早く叩き落とした。
「今、岩塩舐めときゃいいでしょって思ったでしょ!? 馬鹿なの!? それで足りない栄養もばっちりとか思うわけないでしょー! アメリアはただでさえ痩せて不健康なんだから、ちゃんとした食事を摂らなきゃいけないのよ? 今のままじゃ病気になりそうだから、心配しているのよ」
「…………すみません……?」
「なんで疑問形なのよ」
なんでか分からないが、どうやら心配されているらしいと分かり、一応謝ってみたが、なぜピクシーが自分の健康を心配するのか分からない。
血のつながった家族だってアメリアの健康なんて気にかけていなかった。
チューベローズの人間は、健康であることよりも、たとえ早死にしても魔女として才能を発揮し名を立てることのほうが重要であるとの考えだったから、ピクシーの説教がアメリアにはピンとこない。
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