第22話あれはヒトとは相いれない存在
明日、町へはサラマンダーとヘルハウンドがついてくるといつの間にか決まっていた。その上、早朝から出発だと時間まで指定されたので、アメリアは明日の朝までに納品分の薬を絶対作らなくてはならなくなった。
納品日が決まっているんだから、もっと早く作っておけという話なのだが、明日の午後までにできればいいかと高をくくっていたため、朝までにと区切られてめちゃくちゃ焦り始めたので急いで作業に取り掛かる。
先月もらった注文票を見ながら、やけどの薬や化粧品などの調合をしているうちに、作業に没頭していたようで、全ての注文品を作り終わって顔をあげると、三時間ほどが経過していた。集中していたせいか、短時間で作業が終わったことに驚く。
凝り固まった背中を延ばしていると、ピクシーがお茶を持って作業部屋に入って来た。
「お疲れ様。お風呂も沸いているから、お茶を飲んだら入るといいわ」
優しい言葉とともに、カモミールティーの入ったカップを渡してくれたが、彼が一体おういうつもりでアメリアに優しくするのか真意が分からなくて、なんとなく素直にお礼が言えなくて口籠って、結局無言でそれを受け取った。
ピクシーはそれに対して何も言わず、出来上がった商品を手に取ると、手伝うつもりなのか、梱包用の布に包んで箱に詰め始めた。
「……この化粧水、アメリアの商品を気にったお客さんが化粧品も作ってほしいってリクエストしてくれたって喜んでいたわよね」
化粧水の瓶を丁寧に包みながらピクシーがぽつりとつぶやく。
「あ、うん、まあ……」
アメリアの作る薬は魔女の秘薬というほどの効果効能はないけれど、素材や香料にこだわっていて、使用感がよくなるよう色々工夫した結果、お試しで買ってくれた人リピートして買ってくれるようになって、定期的に注文が入るようになった。
常連客からリクエストを店主経由でもらうことも増えて、今ではいろんな商品を扱ってもらって、どれも人気商品なのだと言われている。
(自分の作ったものを認めてもらえたみたいで、すごく嬉しくて、リクエストされたってピクシーに報告しちゃったんだよね……)
嬉しい気持ちを誰かに言いたくて、納品について来てくれたピクシーに、店を出たところでついウキウキで報告した覚えがある。
アメリアが実家にいた頃は、どんなに頑張って作っても否定しかされなかったから、自分の作ったものが認められて褒められたのがとても嬉しかったのだ。だから普段自分から話しかけたことなんてほとんどなかったのに、勢いのままにピクシーに『聞いて!』と報告してしまった。
あの時、ピクシーはどんな顔をしていただろう?
「こんなにたくさん注文が来るなんて、アメリアは本当にすごいわよね」
ピクシーは化粧水の瓶を大切そうに両手で持ちながら、アメリアに向かって柔らかく微笑みかける。
――――そうだ、あの時も彼はこんな風に嬉しそうに微笑んでくれていた。
自分のことのように喜んで、良かったわねと言ってくれていた。
「……ありがとう、ピクシー」
よく考えたら、おめでとうと言ってくれたピクシーにお礼も言っていなかった気がする。
突然お礼を言われて彼は少し驚いた顔をしていたが、梱包はやっておくからお風呂にはいりなさいとだけ言ってアメリアを作業場から追い出した。
良い香りの湯舟に浸かってぼんやりしていると、さきほど飲んだカモミールティーの効果もあって体がリラックスして眠気が襲ってくる。
いつもなら甘ったるい飲み物ばかり出して来るのに、どうしてこういう時は砂糖なしのカモミールティーなのだろう。
おめでとうと微笑んでくれるのも、どうしてなのか理由が分からない。
魔女教育では、魔物に心は無いと習った。
どの書物を読んでも、魔物は甘言を用いて人を惑わすことはあれど、人と同じような感情を持つことは無い。騙されてはいけない、心を通わせるなどあり得ないと書いてあるのに、このピクシーの行動を見ているとまるでアメリアのことを思いやってくれているみたいに感じてしまう。
「そんなわけ、ないのにね……」
もし、本当に魔物が人に心を許すことがあるとしても、その相手が自分であるはずなど万が一にもない。アメリアは出来損ないで価値のない魔女だ。魔物と心を通わせるような特別な存在になどなれるはずがない。そういう特別な経験は、特別な存在にだけに起こる奇跡なのだ。
魔物は魔物。人の姿をしていても、あれはヒトとは相いれない存在なのだと忘れてはならない。
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