第18話悪夢
***
――――これは夢だ。
屋敷にいた頃の夢だ。現実じゃない。
幼い頃の自分が小さな背中を丸めながら机に向かっている姿を見ながら、これは夢だと自分に言い聞かせる。
俯瞰して見ているから、これは昔のことを夢に見ているのだと分かるけれど、それでも喉が苦しくなるようなあの頃の辛さを思い出す。
『ではアメリア。この薬液に呪文をかけてみて……赤に変化したら完成です』
「……あ、あの……赤くならないです……ピンクにしか……」
『はあ? 簡単な魔法薬ですよ? こんなものも作れないのですか? 嘘でしょう? あなた本当にメディオラ様の血を引いているんですか? 見習い魔女よりも劣るなんて信じられないわ。あの方の血縁なのに恥ずかしくないの?』
「す、すみません。頑張ってはいるんですが……」
『言い訳をすれば何か解決するんですか?頑張ったと言いますが、本当に頑張っていたら普通はこれくらいできるようになるんですよ。できていないことが努力していない証拠です。恥を知りなさい』
「すみませんすみませんもっと頑張りますごめんなさい」
『そうですよ。あなたが未だになんの能力も発現していないのは、努力が足りないからですよ。あのメディオラ様の子なんですから無能なわけがありません。できるはずなのですから、今日はその魔法薬が作れるようになるまで食事も睡眠も許しませんよ。追い込まれればきっとできるようになるはず』
「……はい。もっと頑張ります」
「すみません……すみません……がんばりましゅ……もっと……」
「アメリアー!起きてー!朝ごはんできたよー!」
どっすん! とお腹の上に何かが飛び乗ってきて、アメリアは『げふっ!』と叫んで悶絶した。驚きと痛みで一気に目が覚めたが、腹の上の人物は悪びれる様子もなくニコニコと笑って寝起きの彼女を眺めている。
「ケット・シー……重いし……」
無邪気な顔をした少年姿のケット・シーに怒る気にもなれず、アメリアは弱々しく返事をした。
昔の記憶という名の悪夢を見てしまったせいでものすごく寝覚めが悪い。誰かと会話をする気にもなれないが、この魔物はそんなことお構いなしで無理やり起こそうとしてくる。
ケット・シーは猫の時と同じく、ゴロゴロと喉を鳴らしながらアメリアに頬ずりをしてくる。
少年のふくっとした頬は猫とは違う気持ちよさがあって、しばらくされるまままになっていた。
悪夢を見ていたせいか、寝ていたのに体中がガチガチに緊張していて背中がギシギシして非常に気分が悪い。
(なんで忘れたい過去を夢でみなくちゃいけないのか……あの魔法薬の先生、鞭で叩くから本当に怖かったんだよなあ)
「もぉ~アメリアったら積極的だなあ。そんなに僕のほっぺが好きなの~?」
ハッと気が付くとアメリアは自分がケット・シーのほっぺをむちむちと弄んでいた。
「あああごめん……つい無意識で……」
「全然いいよぉ~。ていうかね、触り心地のいいものは心が癒されるんだって! だから遠慮なく揉んでいいよぉ」
「ほえ……」
そう言われると確かに悪夢のせいでささくれていた気持ちが落ち着いたような気がする。遠慮がちにもむもむすると、確かに心がほわっとしてとても癒される。
じゃあこれから手触りのよいなにかを常に携帯していればずっと癒されるのだろうか。四六時中触っていればストレスゼロになるのかな……などとぼんやり考えていると、ケット・シーの瞳がきゅっと細くなり、
「今日は雨になるから畑の水はまかなくていいよぉ」
と天気を予知してくれた。
ケット・シーは未来を予言するという伝承もあるが、こうして色々な豆知識や、今日の天気などを教えてくれる。
「わかった。いつもありがとう……」
「えへへーどういたしまして。どう? 僕役に立つでしょ。えらい? すごい? 僕がいてよかったでしょー。ねえ他の奴より僕が一番役に立ってるでしょ? 僕にはずっといてほしいよね? ね? ねーってばアメリア」
ケット・シーの予報は確かに便利だが、いかんせん一つの予知でその十倍くらいは褒めて感謝しないといけないのが正直しんどい。
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