通称『惑星6824』 エルフの星より 3/3
エリックに向かって、その線を越える。
瞬間、振るわれた剣を避け、拾っていた枝で手を打って剣を取り上げた。
「シャノン!シャノン!」
マキラはシャノンへと駆け寄る。シャノンの傷は深く、肉の体でも無い彼女の手当の方法など、マキラには分からなかった。
私のせいだ。とマキラは自分を責めた。
「ごめんなさい、ごめんなさいシャノン!私が、私がここに来たから、来たりしたから」
「?どうしたの?マキラ」
いつもののんびり調子でシャノンがマキラに声をかける。
なぜマキラが悲しそうなのか、全く分からないといった様子で。
「彼らにみんなで、仲良くしましょうってあいさつしたのだけれど…どうして嫌って言われてしまったのかしら」
「シャノン、シャノン!根が!」
嫌な音にマキラがシャノンの服をめくると、足までだったはずの木の根は体へと伸び、全身を侵食していく。同時にシャノンの目からは生気が消え初めていた。
「大丈夫よ。命の、樹に帰るだけ。また、また会えるわ」
「いや!いやなの!友だちが死ぬのはもうイヤ!!」
「とも、だち…ふふ。嬉しいわあ。
また、お話しましょうね、マキラ。お世話、あんまりしてあげられなくてごめんなさい。
あとね、ラルフに伝えて欲しいの」
シャノンがエリックと睨み合うラルフの方を見る。「なにしてるのかしら」なんて微笑みながら、最後の言葉を言おうとして──────その目が小さく見開かれる。
「ねえ、マキラ」
震える手がラルフを指さした。
「あれ、は、誰なの?」
その言葉を最後にシャノンの肌はみるみる乾燥し、木のように固くなった。
肌の凹凸が消え、のっぺりとした人型の木人形の様になる。最後には分裂して木の根の集まりに分解されていった。
マキラの指からすり抜けるようにシャノンだった木の根は森へと縮んでいき、マキラの手には切り裂かれた服だけが残った。
誰ともなく周りのエルフが口々に話し出す。
「シャノンが帰った」「どうして?まだ寿命じゃない」「帰った?でも命の樹に入ってない」「シャノンどこへ行った?」「どうして帰ったんだ?」「シャノンさっき斬られていたね」「どうして斬ったんだろ」「シャノンはどこへ?」「なんでラルフはあんな顔してる?」「あれは誰?」「あの大きいのはなに?」
シャノンが居なくなったことに疑問はあるが、どこかのんきでどこかいつも通りで。誰かが「命の樹が呼んでる」と言えば1人、また1人と森へ戻ってしまった。
マキラの足に入った『命の樹』の根はそれ以上進んでくることを止め、ただの飾りになった。今この場で根が繋がってるのはラルフだけだ。
◆◆◆◆◆
『命の樹』を通じてシャノンの思い出が流れ込んでくる。
かなり長いこと共に居たが、離れたいなんて微塵も考えたことは無かった。愛おしくて虚しくて。
記憶が戻るといつも感情と情報の濁流で吐くか寝込んでいたが、今回ばかりはそうはいかない。
シャノンと過した思い出が、シャノンへ抱いていた愛情が。その全てが怒りで煮えたぎっている。
「やめよう、ラルフ。僕はもうここを去るんだ。
いつもとは違う。争う理由が無い」
「本気で言っているのか?」
「仲間を殺された怒りは分かる。
でも、もう意味が無いんだよ」
宇宙船の放送が出発まで残り3分だと告げる。船長からエリックに早く戻るようにと追加で放送が入った。
ちらりとエリックが自動ロボットたちを見ると、今も宇宙船に近づく根を切り裂き焼き払っている。
エリック自身も足にかかろうとする木の根を切り捨てた。
「僕を殺せば、その憎しみはこの星に向いてしまう
だから、僕は君に殺されてやれない」
ラルフは歯を食いしばる。
(エリックが、正しい)
だがラルフは正しいからこそ余計に腹が立った。マキラを見ればシャノンの服を握りしめてそのまま座り込んだままだ。
「ばいばい、ラルフ」
無防備に背を向け、エリックが宇宙船へと歩き出す。
ラルフの手にはまだ剣がある。
見逃せば、このままエリックは帰ってこないだろう。
まだこの先1000年以上をラルフは生き、先にエリックが寿命を迎える。エリックの生まれ変わりがラルフの死後だとすれば、大樹に帰ることを死と認識しないのであれば、エリックとラルフの殺し合いはここで終わるだろうし、生まれ変わってもエリックはこの星に関わることをしないだろう。
ラルフは構えていた剣を下ろした。
長く長く永遠に続くとさえ思えた殺し合いが終わるのだ。
(お前とは二度と会わない、それで良い。
俺はきっと、お前をもう許せない)
身勝手かもしれない。それでもラルフは今まで失ってきた恋人や家族、親友や恩師のことを想うと、どうにもエリックを、今まで通り友だとすることができなかった。
(だから、これでいいんだ)
◆◆◆◆◆
──────だめ────
────やめて─────
─────持っていかないで─────
◆◆◆◆◆
足からおおよそすねの辺りまで。
全てのエルフには『命の樹』たる大樹の根が入っている。
エルフの思考や体験は全て大樹へと通じ、大樹の意志もこの根から伝わる。地面に手を付くことでより強く大樹の思いを聞くことが出来た。
大樹は基本的にエルフの選択を受け入れ、行動を操ることはしない。
だが、今回ばかりはただ見送ることはできない。
宇宙船に積まれた木もまた大樹であり、人間たちの母星で植え替えられれば、この星と同じように増える。
やってきた宇宙船の船員たちと僅かな間に繋がり、見えたのは不毛の土地。そんな所で増えようとするなら、栄養になるのは生物。つまるところ人間ぐらいしかいない。
根を張り生きようとするのは大樹の生存本能であり、争いを好まない大樹の想いとは真逆の事態を引き起こす。
どうしてもあの宇宙船を止めなければならなかった。
だが伸ばした根は切られて燃やされる。争いを知らないエルフたちは怪我をするだけ。
でも、1人だけ居る。この状況で、あの宇宙船から木を奪い返せるかもしれないエルフが。
エルフになるより前の記憶を持った例外が───。
◆◆◆◆◆
太ももから一気に根が頭まで登った。
痛みは無い。しかし、抗いようの無い命令が脳に叩きつけられる。
「だ、めだ。やめろ、大樹」
剣を握り直す。マキラがなにかを叫んだ。
「逃げろ!エリック!!」
エリックが振り返る。殺気立ったラルフの目にすぐに臨戦に入ろうとした。
しかしラルフはその両腕を下から剣を振り上げて切り落とす。なおも剣は止めず、無防備なエリックの体にラルフは剣を振り下ろした。奇しくもシャノンと同じ傷を辿って、肩から真っ直ぐ地面へ。
骨を断ち腹を割いた剣に続くように、エリックの腕と体から血が吹き出した。
「いやぁあああ!!!」
嫌という程見た悪夢にマキラが悲鳴を上げたが、それでも大樹は、ラルフは止まらない。
エリックが倒れるのを見もせず、そのまま宇宙船へと走る。襲い来る自動ロボットを飛び込え、エリックのために開き続けていた扉を通って、宇宙船の中へと滑り込んだ。
◆◆◆◆◆
◆◆◆
宇宙という無限の海を、小さな脱出ポッドが泳いでいた。
中には1組の男女がいて、女が目を覚ますと男は顔をほころばせた。
「ユーリ、起きたか」
「グレイ…?ここは……」
麻酔で朦朧としているのか、反応はまだ鈍い。
かいつまんで、グレイはユーリに現在の状況を話した。
「あの星は、あの星の植物は寄生生物みたいなものだった
俺らはすぐに船に戻ったが…あの知的生物が乗り込んで来やがったんだ」
「…?あの、白髪の?」
敵意も悪意も感じなかったあの知的生物のことを思い、ユーリは首を傾げた。グレイは首を横に振り、モニターを操作してその写真を映し出した。
宇宙船の防犯カメラの1部らしく、見覚えのある廊下。
そこに返り血に染まった黒髪の知的生物が映し出されていた。
「仲間はみんな、こいつにやられちまった…クソ!…船長が俺らだけでも逃げろってこの脱出ポッドで…」
心底悔しそうにサイドテーブルをグレイが叩く。
乗せられたコップが倒れ、溢れた水がテーブルを伝ってユーリの横たわるベッドのシーツに染みを作った。
「(ああ、私たちは間違えたのね)」
この場にいない仲間たちのことを想い、ユーリはそっと目を閉じた。ほんの数秒の黙祷。もし、あの時医者である自分が無理にでもあの星への執着からみんなを引き離せていれば。もし、自分が気絶していなければ。いくつもの『もしも』が後悔として押し寄せてきて、不甲斐なさと悔しさで唇を噛む。
「へへ、へへへへ。
でも俺はやったんだ、やってやったんだ…」
「…グレイ?」
首だけを捻ってグレイを見る。目の下には濃いクマが出来ており、顔色も悪くやつれているようにも見える。
声をかけようとするが、グレイは急に立ち上がって両手を広げた。
「俺らが飛び立ってすぐにエンジンが爆発するようにしたんだ!あのクソ植物は今頃燃え尽きてんだろうよ!」
「グ、グレイ?」
予測できないグレイの行動に、ユーリは少しだけ恐怖を感じた。ハイになったようにグレイはユーリにエンジンの構造や、どうやって爆発させたかを早口で告げ、やってやった、やってやったと自慢げに語る。
そんなグレイと裏腹にユーリは絶望的な気持ちになった。宇宙船が爆発したとなれば、船長含む船員の生存は絶望的だろう。しばらくは共に航海しなければならないグレイもこの調子で、自分の命も危ないと察することができた。
「ハハハハハ!!!!」
「(でも、私は帰らなきゃ)」
船長と船員の死を、探索隊の失敗を伝えなければならない。あの星の危険性を知らせ、探索隊は名誉の死を遂げたのだとせめて醜聞にならないようにしなければ。
あの金髪碧眼の青年に守られた命を精一杯使おうと。
それが、せめてもの償いだとユーリは誓う。
◆◆◆◆◆
◆◆◆
廊下全体を照らして点滅する赤いランプ。
耳をつんざく警報音。
宇宙船が飛び立った時点で大樹とのつながりは切れているはずだが、全身に入り込んだ木の根はそのままで。木の根が動かなければ、今のラルフは指先1つ動かせない。
窓の向こうで緑の星が遠ざかっていくのが見える。
カウントダウンが始まり、0の後に爆発音と共に目の前が真っ白になった。
「もう、つかれた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます