第30話 ジエンド

 湯川さんが近所を散歩していると、スピーカーか何かで音声を流す車が前方から湯川さんの方へとゆっくりと向かってきた。

 古ぼけた軽自動車だった。

 フラフラとして真っ直ぐ走れていない。

 音声は何やら言葉を喋っている男性の声に聞こえる。

 選挙カーか?と一瞬思ったが、今は選挙期間ではない。

 車がこちらへ近づいてくるごとにその声がはっきりとしたものになってくる。


「ジエンドジエンド。ジエンドジエンド。おわりおわり。おわりおわり」

 呪文のようにそう繰り返していた。


 いったいなんなんだろう。フラフラしてるし危ないな。そう思いながらも湯川さんは先へと歩みを進めた。

 フラフラとした小さな蛇行が止まらない車と五メートルほど近づいたところで車が急にスピードを上げた。

 そのスピードに比例するように音声も大きくなった。ほとんど叫び声といってよかった。


「ジエンドジエンド! ジエンドジエンド! おわりおわり! おわりりりりり!」


 車が路肩に避けていた湯川さんの方へと突っ込んでくる。

 目の前が真っ暗になった。

 湯川さんは車に跳ねられた。


 気づくと湯川さんは病院のベッドに横たわっていた。

 奥さんの話によれば湯川さんを跳ねた車を運転していたのは七十九歳の高齢ドライバーの男性だったという。

 数十メートル吹き飛ばされたが幸い打ち所が良く、入院は必要だが軽い怪我だけで済み一命を取り留めた。

 医者からは奇跡だと言われた。


 後日、湯川さんを跳ね飛ばした男性の息子さんが謝罪のために病室を訪ねてきた。

 丁重に謝罪する息子さんに対して湯川さんは気になっていたことを訊ねてみた。

 事故を起こしたときに運転していた車にスピーカーみたいなものを搭載しているかということだ。

 息子さんは首を傾げながら「そういったものはついていません」と恐縮しながら答えた。


「ジエンドとかおわりとか、その言葉の意味を考えると事故で自分の人生が終了するっていう予言めいた言葉が聞こえたのかなと。だったらその予言外れて良かったなって思ってたんですが……」


 湯川さんを跳ねた高齢ドライバーは運転中に脳梗塞を起こしてた。

 事故を起こしたあと意識不明に陥り、そのまま亡くなったそうだ。


 この話をもって、『現代怪談 霊和』は完結とさせていただきます。読んでくださった方すべてにお礼申し上げます。ありがとうございました。



 

  


 

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現代怪談 霊和 河島万(かわしマン) @bossykyk

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