第38話 初めて指名依頼を受ける

 さて、二日間もお休みさせてもらってたから、今日からはその分を取り戻すために頑張りましょう!


 気合いを入れて、研究所に行くとすぐに事務部門チーフのローザさんに呼び出されてしまった。事務部門から呼び出されるなんて初めてだな。何があったんだろう?


「おはようございます、ローザさん。何かありましたか?」


「あっ、おはようチェリー君。実はギルドからあなたへご指名のクエストがあるって連絡があって、お昼にでもギルドに来てほしいってさ」


 二日前に登録したばかりなのにもう指名で依頼? しかも、下級冒険者を指名する依頼ってなんだろう?


「わかりました。午前中の仕事が終わったら行ってみます」


「ギルドとは仲良くやっていきたいから、できるだけ依頼は受けるようにしているの。よろしく頼むわね」


 どんな依頼か全然想像できないけど、まあ、行けばわかるでしょう。それよりもまずは、午前中の仕事に集中しましょうか。


 各種動物の遺伝子情報はたくさん記録したので、今はそれを元に合成獣キメラを創る作業に入っている。今日は確か、ライオネルのたてがみを持ったタイガン(虎)を創るって言ってたはず。タイガンをベースにするはずだから、まずはライオネルのたてがみ情報が間違っていないかチェックしてあげよう。


 午前中いっぱいかけて、無事に遺伝子情報を上書きできたので、後はこのタイガンが子どもを産むのを気長に待つことになる。私は情報が間違っていないかチェックしただけだから、遺伝子情報の上書きなら、私がいなくても十分成功する可能性がでてきました。


「よう、今日の昼ご飯はどうするんだ? 一緒に食いに行こうか?」


 合成部門を兼任しているヘンリーさんがお昼ご飯に誘ってくれたけど、今日はギルドに行かなくてはならないのでお断りする。


「すいません。せっかくお誘いいただいたのですが、今日はギルドに行く用事がありまして。すぐに出発します」


「そうか、それは残念だ。それから……その……何だな……」


 ははーん、この歯切れの悪さはあれですね。


「わかりました。近々お野菜の方、持ってきますね」


「おぉ、そうか!? 何か催促したみたいで悪いな!」


 "みたい"じゃなくて催促してるでしょ!


「いやー、本当にすまんね」


 油断していると横から所長さんの声が……所長さん、いつの間に来てたの?


「所長さんの分も持ってきます……」


 無駄に野菜を持ってくる約束してしまった後、すぐにギルドに向けて出発した。






「ギルドへようこそ! 今日は何のご用でしょうか?」


「えーと、チェリーですが、僕宛ての依頼が来ていると聞いて来たのですが……」


 そう言って、受付のお姉さんにギルドカードを提示する。


「あ、チェリーさんでしたか。お待ちください……こちらがチェリーさんご指名のクエスト依頼になります」


 受付のお姉さんから依頼書を見てみると……



 チェリーさまへ


 はじめてぎるどにいらいをだします。


 もうすぐお父さんのたんじょう日なので、まえからお父さんがほしがっているぺがさすをつくってください。


 おかねはぎんかにまいしかないですが、つくってくれたらうれしいです。


 ミカより



「…………」


 何でしょうこれは? クエストの依頼ってこんな感じなのでしょうか? これは明らかに子どもの字では?


「これって正式な依頼なのでしょうか?」


「そうですね。ちょっと特殊な気がしないでもないですが、正式な依頼となっています。お受けになりますか?」


 ペガサスを創る依頼って、明らかに私が合成獣キメラ研究所の職員って知ってての依頼だよね。そんな人、数えるほどしかいないと思うんですけど。しかも子どもってなったらもう思い当たりません。誰ですかミカって?


 うーん、謎が多いけどローザさんもギルドとは仲良くしておけっていってたし……受けてみようか。


「はい、受けたいと思います」


「えっ? 受けるんですか? ってかペガサス創れるんですか?」


 そっか、ペガサスを創るなんて普通の人には無理だから、ギルドの人は私が断ると思ってこの依頼を受けたのかな。ギルドで断ると角が立つだろうから。しかも依頼者が子どもならなおさら。


「せっかく初めて来たご指名の依頼なので、できるだけ頑張ってみます。それで期日はいつまでですか?」


「そ、そうですか。これを受けるなんてちょっと信じられませんが、こちらの記録では期日は三日後になってます。どうしますか?」


 最初から断ると思って、期日も伝えてくれていなかったのか。ベースとなる生き物がどこにいるかわからないけど、三日あれば何とかなるかな。


「わかりました。三日後にここに来ればいいんですね?」


「えっ、わかっちゃうんだ。あ、はい、三日後にこちらに来てください。依頼者にもそう伝えておきます」


(これはまた大変な依頼だけど、考えようによっては次のステップに進むチャンスかもね。早速、ギルドに戻ってみんなに相談してみましょう)




「というわけで、今日から三日間でペガサスを創ろうと思います」


「ウォー! ペガサス!! いつか創りたいと思っていたペガサス!」


 私が宣言すると班のメンバーみんな興奮して喜んでくれているが、チーフのヘンリーさんが一番大騒ぎしている。


「ペガサスということで、ベースとなるホーシュ(馬)型の霊獣に翼をつけようと思うのですが、今回は移植班のみなさんにも手伝ってもらおうと思いまして、こうして集まっていただいております」


 そう、今、ここには遺伝子班だけではなく移植班のみなさんにも来てもらっている。今回は翼を移植する形を試してみたいと思ったからだ。そうキマイラを創るときのための参考になればと思ってね。


「よくぞ移植班にも声をかけてくれた。代表して礼を言う」


 そう言って頭を下げたのは、移植班チーフのクレイルさんだ。細身の身体に緑の髪。そこから飛び出す耳の先端は尖っている。自然を愛するエルフの中では、合成獣キメラは嫌悪の対象とされていて、その中でこの研究所で働いているクレイルさんは異端児扱いを受けているらしい。


「それで、みなさんには翼の移植について意見を出し合っていただきたいのです。私は捕獲部門に行って、どの霊獣がペガサスの素材に適しているか相談してきますので」


「よしわかった。こっちは任せてくれ」


 ヘンリーさんが承諾してくれたので、私はすぐに捕獲部門に向かう。




「すまん! 今回の件は娘が俺のためにやったことなんだ。許してやってくれ!!」


 捕獲部門に着くや否や、いきなりソルマさんが頭を下げて謝ってきた。はて? いったい何のことでしょう?

 

「俺は昔からペガサスに乗ってみたくてな、ここで働いてるのも、『ペガサスを捕まえたり創ったりできるとしたらここしかない』と思ったからなんだ。

俺の娘もそれを知ってて、この間、スネーキに翼を生やしたお前さんの話を家でしちまったら、ペガサスも創れるはずだって思っちまったようで。

 さらにお前さんがギルドの下級試験に受かった話をしたら、勝手にギルドに依頼を出しちまったんだ」


 あー! なるほど。ミカちゃんってソルマさんの娘さんだったんだ! 納得!


「どうりで私のことを詳しく知ってるわけですね」


「いや、本当にすまなかった。娘にはきちんと諦めさせるから」


 ん? 諦める? そうか、私が正式に依頼を受けたのはさっきだから、知らないに決まってるよね。


「依頼は先ほど、正式に受けてきましたよ。今、研究部門のみなさんが合成方法について検討してくださっています。私はソルマさんに、ペガサスにふさわしい身体と翼を持っている霊獣がいないかを聞きに来たのですよ」


「そうだよな。ペガサスなんてそう簡単にぃぃぃぃーーー! 創るの? ペガサス創るの!?」


 近い、顔が近いよソルマさん。


「はい、今言いましたように正式に依頼を受けましたので、頑張ってみようかと思います」


「おぉ、おぉぉぉ、本当にここに就職してよかった! まさか生きているうちにペガサスが見れるかもしれないとは!」


 そんなにペガサス好きだったんだ。人は見かけによらないね。


「それで、ペガサスにふさわしい霊獣の話なのですが……」


「任せてくれ。いつこんな日が来てもいいように、リサーチは完璧にしてあるんだ。動物じゃなくて、霊獣で創るんだな?」


「はい、せっかく創ったペガサスがその辺の霊獣に倒されたら悲しいので、できるだけ強いペガサスを創りたいんです」


 みんなだって、弱いペガサスなんて見たくないよね?


「よしきた。まずはホーシュの方だが、下級クラスにウォーホーシュがいる。強さはそれほどではないが捕獲は比較的簡単だ。

中級クラスはホワイトアラブといって強さはそこそこだが、なんと言っても色が白いのが魅力的だ。

上級クラスになるとナイトメアだな。ホワイトアラブとは対照的に、漆黒のホーシュだ。かなり強く俺でも一対一なら手こずってしまうぞ。ペガサスと言えば白のイメージが強いけど、黒いペガサスも格好いいな。

 その上となると、俺には捕獲は無理だが最上級クラスにグルトップという金色のホーシュ、特級クラスにはカイザースレイプニルというホーシュの古代種がいる」


 うーん、どうせ合成したらワンランク上くらいの強さになるから、白にするか黒にするかってところだね。


「ホワイトアラブかナイトメアがいいと思うのですが、いかがでしょう?」


「奇遇だな。俺もそのどっちかと思っていたところだ。白も捨てがたいが、俺的には漆黒のペガサスに乗ってみたいな」


「じゃあ、決まりですね。後でナイトメアの生息地を教えてください。それで翼の方ですが……」


「ナイトメアに合う翼は三種類だな。イグリー(鷲)の中級クラス、ブラックイグリー。それからホークス(鷹)の上級クラス、ダークホークス。あと、最上級クラスのエンシェントガルーダ。実はこいつが一番理想的な翼を持ってると思うんだが、なんせ最上級クラスだからな……」


 もう、ソルマさんが食い気味に会話を被せてくるよ。よっぽどペガサスに乗りたいんだね。そして、最上級クラスならさっき倒したから、あの程度なら問題ないね。


「問題ありません。エンシェントガルーダを捕まえてきます」


 ソルマさんが『えっ? マジか?』って顔してますが、気にしないで行きましょう。私は学者なので、最高の結果を得るためには妥協はしません!


 それから、ソルマさんにそれぞれの生息地を聞いた。ナイトメアはここから北西およそ100kmに位置するサンドラ草原にいて、エンシェントガルーダは、原始の森の中心部にある"始まりの山"といわれるところに巣を作っているそうだ。


(原始の森か……この間行ったときに、ついでに捕まえておけばよかった)


 でも、捕まえる霊獣も決まったし、生息場所も聞いたし、いったん研究室に戻って向こうの話がどうなってるか確認してこようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る