第3話 農家の子どもになる

 森の中をしばらく歩いていると、木々の間から立ち上る数本の煙が見えた。


「おや、あの煙は自然のものじゃないね。村でもあるのかな?」


 知らないところを一人で歩くのは思ったよりも心細いので、思いついたことを口にしてみる。そして、煙が立ち上る方を目指して再び歩き始めた。





 煙を見つけてから10分ほど歩くと、木の柵に囲まれた小さな村を発見した。私は嬉しくなって急いで入り口らしきところまで駆けていく。


 入り口を見つけて中をのぞき込むと、麦わら帽子を被った、日に焼けた茶色い肌の人の良さそうな農夫らしき若者が、畑の前でため息をついているのが見えた。


「こんにちは」


 言葉が通じるかどうかわからないが、とりあえず日本語で挨拶してみると……


「ああ、こんにち……は? 君は誰だい?」


(おお、言葉が通じた!)


 私は言葉が通じたことに感動していたが、目の前の若者は、白衣の中に女性ものの臙脂えんじ色のタートルネックのセーターにジーンズという、いかにも怪しい格好をした少年を見て警戒の色を浮かべていた。


 (これ、どういう風に思われているんだろう……)


 私は自分の格好がおかしなことに気がつかず、安易に声をかけてしまったことに後悔していたが、見た目が子どもだったからか、若者は私を一通り観察した後、フッと行きを一つはいて警戒を解いてくれた。


「わたs……僕は……えっと、チェリー、チェリー・ブロッサムです」


 農夫の若者が警戒を解いてくれたのが見て取れたので、怪しまれないように見た目に合った言葉遣いと偽名を使ってみる。


「そうか、チェリー君か。君は、その、随分と変わった格好をしているようだが、一体どこから来たのだい?」


 おそらく正直に話しても理解してもらえないだろうし、何より説明するのが面倒くさいので、私は禁断の必殺技を使うことにした。


「それが、気がついたら森の中に一人で立っていました。名前以外は自分が何者なのか、どこから来たのかも思い出せません」


 そう、必殺"記憶喪失作戦"である!


「何と! 自分が何者かも覚えていないとは。かわいそうに、親御さんもさぞかし心配しているだろう」


 そう言って、若い農夫はうつむいて何かを考えているようだ。


 そして意を決したように、彼は言った――


「よかったらしばらくうちで暮らさないかい? 見たところ君は一人のようだし、記憶がないなら頼れる人がいるかどうかもわからないだろう。見ての通り、貧しい農夫だからあまり贅沢はさせてあげられないが、記憶を取り戻すか、誰か知り合いが迎えに来るまでうちで寝泊まりするといい」


 突然現れた怪しげな格好をした少年の世話をしてくれるなんて、何ていい人なのだろう。自分だったら絶対に見て見ぬ振りをするはずなのに。しかし、この男性の言う通り、他に当てがあるわけではないのでこの申し出はありがたく受けさせてもらおう。


「わた……僕もどうしていいのかわからず途方に暮れていましたので、もしご迷惑でなければ、ありがたく申し出を受けさせていただきたいです。もちろん自分に出来ることは何でもお手伝いしますので」


 ここはとして誠意を持って丁寧にお願いする。働かざる者食うべからずだからね。


「あはは、子どもはそんなことを気にしなくていいんだよ。まあ、人手が欲しかったのも事実だから、時々畑仕事や妻の家事でも手伝ってくれるとありがたいけどね」


 ほほう、今の発言を分析するに、どうやらこの若者は結婚していて妻がいるようだ。見た目は若そうだけど、案外年を取っているのかもしれないね。


「はい、ありがとうございます。それでは、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「そうだ、名前を教えていなかったね。これはすまなかった。私の名前は"ルネ"だ。後で紹介するが妻の名前は"ローラ"という。今日から我が家の一員としてよろしくな!」


 そう言ってルネは右手を出してくる。どうやらこの世界にも握手の文化があるようだ。


(日本の文化が似ているところがあるのは嬉しいね!)


そう思って右手を出すと、手の甲同士を合わせるだけだった……


(握手じゃないんかい!)

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