6話 おおジーザス

 町に入るとき、ブランは思わず「ぐえっ」と声を出す。「さすがは大都会。悪魔除けがしっかりしてるな」とちょっと唇を尖らせた。


 ホテルで部屋をとっている間に紫苑はすっかり眠り込んでしまった。時刻は零時過ぎであったため、それも仕方のないことだろう。

 ホテルのボーイが荷物を運んでくれ、ふかふかの絨毯を踏みしめながら歩く。恭しくドアを開けてくれた部屋に入って、紫苑をそっとベッドの上におろした。

 こんなホテルに飛び込みなんて、金に物を言わせなければ無理である。ついでに空いていたのがVIPルームしかなかったので待遇もかなりのものになっている。

 どうも相当な金持ちと勘違いされているらしいが、まあ気分がいいのでそれらしく振舞っておくことにした。


 実際のところ、ブランはそれほど裕福なわけではない。今まで生きるために貯めていたそこそこの蓄えがあるだけである。

 せっかく、最後の旅だ。パーッと使って終わりにしようと思っていた。ブランにはそれらを遺す家族などもいなかったからだ。


「一週間滞在したらいくらになるんだ……?」


 そう呟いてから軽く計算してみたが、馬鹿馬鹿しくなってやめた。金がなくなったら出ていけばいいし、その辺で小金を稼いで先を進めばいい。そう考えてから、そういえば自分は悪魔祓いとしては引退したのだったなと思い出す。今まではその辺で悪魔でも狩っていれば報酬がすぐ振り込まれたが、今となってはどうだろう。やっぱり退職願を出したのは早計だったか、と頭を掻く。

 何もかも考えるのが面倒くさい。

 とりあえずシャワーを浴びて、自分もベッドに横になることにする。高いだけあってベッドはこの世のものとは思えないほど柔らかかった。




 朝起きて、ブランは携帯電話を見る。

「おおジーザス、寝過ごしていて笑えるぜ」と呟きながら体を起こした。


「ごめんよ、ちびちゃん。暇だったな」

 一見無駄に見える広い空間の中にある、小さなテーブルの前に紫苑は座っていた。声をかけながら近づいていくと、紫苑はびくっと肩を震わせてブランを見る。


「あのね、ちがうの」と紫苑は、おそらくホテルのスタッフが持ってきたと思われる朝食を頬張っていた。「あのね、これね、たべていいよっていわれたの。シオン、かってにたべてるんじゃないよ」と目を泳がせている。

「わかっているよ。僕もご一緒していいか?」

「うん」

 焼きたてのクロワッサンを頬張りながら、ブランは「熱いコーヒーが飲みたいな」と呟く。するとノックの音が響き、ホテルのスタッフがコーヒーを持ってきた。ブランは思わず部屋の中をきょろきょろ見渡して「嘘だろ……?」と怯えてしまった。スタッフが言うには、たまたまだという話だった。







「ちびちゃん、今日は……この街でやらなきゃいけないことがあるんだ」

「なに?」

「君のじいじに手紙を出すのさ」

「ほんと!?」

「ああ。その前に君は風呂だ。昨日そのまま寝ちまったからな」

「うえぇ……」


 紫苑を風呂に入れ、髪を乾かして部屋を出る。

 グロースウェの街は昼から夜までお祭り騒ぎだ。しかしそれだけじゃない。有数の都会であるこの街は、公共機関も他と比べ物にならないくらい整っている。郵便局もそうだ。大きな建物の中を、兵隊みたいにきっちりした配達員が行ったり来たりしている。


「ところでじいじの名前はなんだ?」

「? じいじだよ」

「そっかァ」


 ブランは便箋にさらさらと文字を書いていく。「ちびちゃんも書きな」とペンを渡されて、紫苑も一心不乱に字を書いた。

 書き終えたブランは紫苑の手を引いて、郵便局の職員のところへその手紙を持っていく。


「どうも。鳩をご希望ですか?」

「ああ」

「宛先は……フロースト……。番地はわかりませんか。フローストも広い島なのでね、届くかどうか保証できませんよ」

「広いが閉鎖的な島だ。手紙が着けばきっとその人の手に渡るだろう」

「いいですよ。今飛ばします」


 そう言うと職員は鳩の足に括りつけられた筒の中に手紙を入れ、鳩に何か声掛けしながら放した。鳩は一声鳴いて、空高く飛んでいく。

 ブランは「ありがとう」と言ってその場を去った。


「今では鳩を使っている郵便局もここくらいになってしまった。僕は鳩に手紙を失くされたことはないし、何より早いから好きなんだけどね」

「はやいの?」

「人間なんか、かないっこないぐらい早いよ。フローストまで四日あれば着いてしまうかもしれないな」


 顎に手を当てて何か考えるような顔をしたブランが、「君のじいじに届くといいが」と呟く。

「じいじから連絡が来るまではこの街にいることにしよう。もし一週間待っても連絡がないようならとりあえずフローストに向かってみるしかないが……」

「もういく?」

「いや、行かない。フローストは極東だ。行ってダメでもこっちまで戻ってくるような時間はない。できれば空振りになってほしくないからな。じいじから連絡が来るのを祈ろう」

 むすっとした紫苑を、ブランはニッと笑って「その代わりもうしばらくこの街で遊びまわれるぞ。色んな所に行ってみようじゃないか」と抱き上げた。







(一枚目)

『フローストに住む、イチハナシオンちゃんのおじいさまへ

 突然のお手紙申し訳ございません。私は悪魔祓いを稼業としておりますブラン・スーラリュンヌというものです。リュフトノースの悪魔騒ぎで要請を受け向かったものの、力及ばずシオンちゃんのご両親を救うことはできませんでした。

 シオンちゃんのご両親のご遺体につきましては、他の村人と同様にマレースの安置所に一旦保管され、公営の墓地にて弔われることと思います。もしご遺体をお引き取りになるご希望がありましたら、マレースの役所にご連絡ください。


 そして私の方で、シオンちゃんを保護しております。怪我もなく元気です。

 シオンちゃんの希望もあり、おじいさまの元へお連れしたいと思っています。

 このお手紙をお読みになりましたら、私の方までご連絡ください。

 連絡先__________


 この手紙をお読みになった方へ

 もしそちらに該当の人物がいらっしゃらない場合、お手数ですが上記連絡先までご一報ください』


(二枚目)

『じいじ、だいすき。あしたいくね!


 ※ 到底“明日”には着きませんのであしからず』

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