5話 ひとりになりたくない
助手席に座った紫苑がサンドイッチを頬張っている。買い込んだ食糧で作った即席のサンドイッチは存外少女に受けがよく、多少ぐずっていても「サンドイッチ作るか」と言えば機嫌がよくなるほどだった。
そもそも紫苑はぐずったり泣いたりすることが少なく、手のかからない子供だった。ありがたいことに、今のところトイレの失敗等もなく本当に助かっている。
日中、放っておいてもずっと一人で喋っているのは眠気覚ましにもなるし、夜は疲れてぐっすり眠る。
この子供がどの程度自分の状況を理解できているかはわからないが、こんな状況でも概ねご機嫌でいてくれるのは本当に良かった。
「もうすぐグロースウェという街につく。大きい街だ。びっくりするぞ」
「ぐろーすえ」
「すごいホテルに泊まろうか? 美味しいご飯とふかふかの布団と、毎夜ショーをするようなホテル」
「そこにいったら、おわかれ?」
ずっと、聞き分けのいい顔をする子供だった。この時も、何もわからないなりに不安に耐えようとして、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、目を大きく見開いたまま前を見ていた。
そんな紫苑を見下ろして、ブランは「ずっと考えてたんだけどね」と口を開く。
「このままじいじのところまで行っちゃおうか」
「えっ?」
「フローストはいいところだ。僕も時間があれば、もう一度くらい行ってみたいと思っていた」
「じいじのとこ……いけるの?」
「あまり期待しないでくれよ。用事がいくつかあってね、真っすぐ向かうわけにはいかないから……かなり時間はかかるだろう」
「もっとブランといっしょにいられる?」
「君がよければ」
紫苑はぱっと顔を明るくする。まるでかくれんぼのオニをしていた子供が最後の一人を見つけたような、“嬉しい”と“ほっとした”がないまぜになった笑顔だった。
それから紫苑はすぐ顔をくしゃくしゃにして、抱きしめたぬいぐるみに顔をうずめる。
「じっ、じいじに……じいじにあいたい」と少女はしゃくりあげる。「うん」とブランは目線を合わせるために膝を折った。
「ひ、ひとっ、りに……なりたくない……」
「うん」
そうだな、とブランは呟く。ぬいぐるみごと紫苑を抱き上げる。
「そりゃそうだよな」と、やわらかく笑った。
紫苑がすんすん言いながらブランの首に細い腕を回す。
それからふと、「……なんかついてる」と言いながらブランの耳を引っ張った。
「ちびちゃん、それはピアスっていってね」
「なんかついてるよ?」
「ピアスだって! 引っ張らないでくれ、いててて」
ブランが大袈裟に痛がると、紫苑は鈴が鳴るようにころころ笑う。それからブランも眉を寄せながら笑って、少女の目元に溜まった涙を人差し指で拭った。
唇を尖らせた紫苑が「おしりいたくなってきた……」と言うので、ブランは思わず「そうだろ?」と少女の顔を覗きこんでしまった。
「後ろで寝っ転がっていてもいいけど、どうする?」
「ブランのとなりにいる」
「別に面白いことは何もないと思うけど」
助手席でシートベルトを掴みながら、紫苑は膝を抱える。「今日か明日にはグロースウェに着くから我慢してくれ」とブランはため息をついた。
「ブランのおうちはどこにあるの?」
「どこって言ってわかるかい、おちびちゃん」
「わかるよ」
「僕の家はもっと東の方にあったよ。……今はもうないが」
「なんで?」
「もう帰らないから」
おうちかえらないの、と紫苑が尋ねる。「ああ」とブランは瞬きをした。
「なんでおうちかえらないの」
「…………。じいじの家は大きいのかい?」
「おっきいよ!」
「そりゃ楽しみだね」
チョコでも食べてな、とブランに渡された棒付きのチョコをパクっと口に入れながら、「ねえブラン」と話す。
「ブランのパパとママはおうちにいないの? おうちなくなったらかわいそう」
思わずというようにブランは笑いだして、「ああ、そうだね」と目を細めた。
「僕のパパとママも君のパパとママと同じで、悪魔に追いかけられて逃げたっきりどこかへ行ってしまった。だからおうちにはいないんだ」
「じゃあさがさないとでしょ?」
「ああ……そうだな……でも……。どこにいるかは知っているんだ。なかなか会いに行けない場所なんだよ」
「そっかあ」
さみしいね、と紫苑が呟く。「そうだね」とブランは微かに笑った。
「さあ、見てごらん。周りが賑わってきた。さすがはグロースウェに続く道だ。毎日こうして屋台が並んでる。降りて何か買おうじゃないか」
「おまつり? りんごあめ、ある?」
「リンゴアメ? なんだっけそれ……あー、どっかで聞いたことがあるな。フローストの食べ物か?」
「そうだよ」
「砂糖菓子ならあると思うけど」
車を端の方に停めて、歩いて屋台に近づく。紫苑が大きな声で「りんごあめください!」と言うと、屋台の男が「いい子だね、お嬢ちゃん」と本当にりんご飴を出してきた。ブランは目を丸くして「そんなに有名な食いもんなのかよ」と驚く。
「ようこそ、グロースウェへ。お子さんとご旅行ですか?」
人のよさそうな若い男女が手を振ってきた。
「まあそんなところです」
「いいですね。私たちはもう帰るところです。ずっといたかったな」
「非日常はたまにだからいいんじゃないかな」
「そうですかねー」
カップルは名残惜しそうに歩いていく。それを見送って、ブランは道の先の方を見た。ドカンドカンと花火が上がっている。
「いつ来てもすごいな、この街は。毎日こうだ」
「すごーい。あれすごい。なに? あれ」
「花火だよ」
「はなびすごい、すごくたくさんひかってすごい」
興奮冷めやらぬ様子の紫苑の手を掴んで、車に誘導する。
「屋台のおじちゃんにバイバイは?」
「バイバイ! またね、おじちゃん。ありがと!」
はいよー、と屋台の男が親指を立てた。
車に乗り込み、エンジンをかける。紫苑はりんご飴をぺろぺろ舐めながら、楽しそうに足をぷらぷらさせていた。
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