第5話 ミティアライトの影像 4-⑺


「それにしても、人間にしか見えない多近氏を火星人だと思いこむとは……」


「谷地氏は過去に一度、多近氏を襲撃したことがあるはずです。しかしたまたま多近氏に武道の心得があったため、あえなく蹴散らされてしまった。その時谷地氏はさすがは宇宙人、一筋縄ではいかぬと焦りを覚えたのです。そして火星人である多近氏を確実に殺害するには特殊な武器が必要だと思ってしまったのです」


「特殊な武器?」


隕鉄剣いんてつけんですよ」


「インテツケン?なんだいそりゃ」


「隕石を鍛えてこしらえた剣です。知られる限り日本にはまだ存在しないようですが、海外にはあります。谷地氏はどこからか手に入れた隕石で短剣をこしらえ、それで多近氏を刺したのです」


「ちょっと待ってくれ、谷地氏はどこでその『隕鉄剣』とやらの存在を知ったんだい?」


「榎本公ですよ」


「榎本公?」


「多近氏の支援者の一人である榎本公もまた秘めた宇宙好きで、谷地氏や多近氏と宇宙についての話をたびたびしていた物と思われます。その中に、榎本公が露西亜ロシアで目にした『隕鉄剣』の話が混じっていたのです」


「露西亜だって?」


「はい。樺太の国境画定交渉とマリア・ルス号裁判の関係で駐露特命全権公使となった榎本公がサンクトペテルブルクを訪ねた時、露西亜皇帝の秘宝として公開された隕鉄剣に感動した榎本公はいつか自分も質のよい隕石を手に入れて隕鉄剣を作りたいと思っていたようです」


「その話を聞いた谷地氏も、別の目的でやはり隕鉄剣を作ろうとした……」


「はい。たまたま外国かどこかから隕石を入手した谷地氏は、そのわずかな隕石を知人に頼んで短刀に鍛えてもらったのです」


「そう言えば、多近氏の位牌作りを依頼した人物が元、刀鍛冶だったと聞いたな。……しかし同じように質の良い隕石を探している榎本公の耳にその話が入ったら、欲しがるのではないかな」


「いえ、榎本公が探しているのは多分、日本刀が作れる大きさの隕石でしょう。この日本にそのような巨大な隕石があるという話はまだ、聞いたことがありませんし仮に榎本公が谷地氏の員石を見たとしても「残念ながらそれでは足りん」と言うと思いますね」


「なるほど、谷地氏にとっては隕石の大きさなど関係ない、ナイフが作れる程度の大きさであれば充分、火星人である多近氏を殺せる――そう思った訳だね?」


「そうです。刀が長かろうが短かろうが刺した瞬間、隕石の持つ力が火星人の身体に作用してたちどころに弱るはず――谷地氏はそう信じていたわけです。この匣館に刀を鍛えられる場所があるかどうかはともかく、とにかく隕鉄剣と呼ぶべき短刀が完成し、谷地氏は「これであの星から来た男を殺めることができる」と確信したのです」


「しかし榎本公が宇宙人の話を真に受けていたというのは、にわかには信じがたいな」


「榎本公はシベリア横断の後、日本の小樽にある手宮洞窟で古代文字を見たといいます」


「古代文字?」


「はい。その時、古代文字は遥かな古代に宇宙からやってきた人々が書き記したものと直感したのではないでしょうか」


「あの偉大な榎本公がかい?」


「はい。古代文字を見た時、榎本公は縁戚であり通訳などで以前から親交があった山内提雲やまのうちていうん氏と一緒でした。提雲氏は古代文字を見た時、榎本公にこんな風に囁いたかもしれません。

「榎本様、実は私、かつて遣欧使節として埃及エジプトのスフィンクスに上った際、この地球上ではあり得ない大きな力がピラミッドやスフィンクスをこしらえたのではないかと感じました。宇宙には我々の想像もつかない存在がいるような気がします」――と」


「なるほど、信頼している榎本公と多地氏が建造した「塔」、それにウェルズ青年の話が混然一体となって火星人が攻めてくるという空想がこびりついたわけか……」


「多近氏がアーク灯で海を照らすたび、火星から来た砲弾のような宇宙船が海底深く突き刺さってそこから蛸のような火星人がわらわらと出てくるところを想像したのかもそれません」


「しかし君の飛躍した発想はともかく、どうやって実際に谷地氏の犯罪を証明する?」


「それは……隕鉄剣が発見されていない以上、谷地氏の自白に頼るしかありません。多近氏の死因は刺し傷ではなく塔から転落した際の全身打撲です。傷害の犯人ではあっても殺人犯ではないと説得すれば、谷地氏も重い口を開いてくれるのではないでしょうか」


「そううまく行くかな……」


「そこは僕に一つ、秘策があります」


「えっ」


 流介が驚いて天馬の顔を見返すと、天馬は「そのあたりはまた日をあらためて、実行に移しましょう。色々と準備も必要なので」と表情を緩めた。


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