第5話 ミティアライトの影像 4-⑴
「それでは、これより『港町奇譚倶楽部』の例会を始めたいと思います」
酒屋の地下にある秘密のカフェ―『匣の館』の主である安奈が開会の挨拶を口にすると、丸テーブルを囲んだ三人の男女――浅賀ウメ、日笠、ウィルソンの三氏は静かに一礼した。
「今回の例会は先日、山の手にあった五階建ての「塔」から転落し亡くなった多近顕三郎氏の事件について皆さんの推理をお聞かせいただきたいと思います」
安奈は恭しく要領を告げると、流介の方を向いた。
「この事件に関しましては飛田さんがお詳しいとのことなので、今の時点でご存じのことをを一通りお話しいただけたらと思います」
「わかりました。僕も警察の人間ではないので多少、大雑把なところがありますが……」
流介はやや言い訳めいた前口上を口にすると、事件のあらましを一気に語った。
「推理に必要なお話は以上でよろしいですか?」
「はい、結構です。皆さんは物足りないと思われるかもしれませんが……」
流介がおそるおそる反応をうかがうと、三人はほっとするような笑顔と共に頷いた。
「では、私から推理を述べさせていただきます」
口火を切ったのは、ウィルソンだった。
「実は私、亡くなられた多近氏とはわずかながら面識がありまして、才能にあふれる素晴らしい人物だったとの印象が残っております。……さて、事件でありますが、結論から申し上げますと、私が真犯人と睨んでいるのはずばり、沙織さんであります」
やや意外な名前が上がった瞬間、テーブルを中心にざわめきが広がった。
「この中で演奏会に出席していない人間、どの時間でも犯行が可能だった唯一の人物です。彼女の家は元士族とのことで、短刀ぐらいなら家にあったかもしれません。彼女は教会の前で俵藤氏と別れた後、帰途にはつかずすぐに「塔」に足を向けた物と思われます」
「俵藤氏が六時二十分ごろ「塔」を訪ねた時には電気が消え、エレベートルが一階にあったとのことでした。それより前に上に上がり、多近氏を殺害したと?」
流介が自分の話に言い漏らしたことが無いか確かめるために尋ねると、ウィルソンは「その通り、多近氏は話をしたいと尋ねてきた沙織さんを快く展望室に迎え入れたのです」と言った。
「……それで、二人はどんな話をされたのでしょう」
「おそらく彼女は多近氏にすぐにでも春花さんと結婚するよう迫ったのではないでしょうか。結婚してしまえばいくら俵藤氏でも言い寄ることはできません」
「そこで何か予想外のことがあったと?」
「多近氏はもう少し研究や商いをしたい、春花がもし他の男性に心変わりしたのならそれはそれで仕方がないと言ったのではないでしょうか。そこで沙織さんは危機感を覚えます。
多近氏の心が自分から離れたと春花さんが思ったら、俵藤さんの想いに答えてしまうかもしれない。そこで沙織さんは短刀を見せて「今すぐ教会に行って、春花さんに結婚してくれといいなさい」と脅したのです。
多近氏はそんな物を振り回してはいけないとたしなめた。冷静さを失った沙織さんと多近氏はもみ合いとなり、そして……というわけです」
「つまり、刺してしまったのは予想外の事故というわけですね?」
「その通りです。驚いた沙織さんは短刀を抜くと、必死でエレベートルを動かし一階に戻ります。後は助かってくれと祈りつつ暗い山道を下り、一目散に家へと逃げ帰ったのです」
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