第4話 キュンストレイキの立像 2-⑿


「彼女がいつか『神智学会』とも『黄金の夜明け団』とも異なる団体を創設しようと独自に捻り出した理論はこんな物だったと考えられます。

 自分たち進化した存在は身体の周りに未知の気をまとっていて、それを自由自在に魔法のごとく操ることができる。いずれは多くの人がそれをまとい、進化してゆくに違いない。

 もちろん自分もまとっていて自分の姿を別の物にみせるなど霊的な力として操ることが可能だ。そして自分はいずれ興すであろう団体の中心にして人類の指導者でもあるのだと」


「どうかしてますよ。父親の仕事を手伝っているだけの、ただの日本人女性でしょう?」


「彼女の中では明らかすぎるほどはっきりしていることだったのです。そして彼女はこう思った。どうにかして神智学会における『霊的導師マハートマー』や黄金の夜明け団における『秘密の首領』にあたる存在を自分も創り出さねばならないと」


「その導師だか首領だかは結局、なんだったんです?」


「わかりません。まだ探している最中なのかもしれません」


「なあんだ、じゃあ結局、自分が指導者になるって夢は失敗したわけですね?」


「ところがです。その過程で彼女は恐ろしい妄想を思い描くようになったのです。これから進化する人たちが身にまとう気には「良い物」と「悪い物」とがあり、「良い気」をまとったものを同志、悪い気をまとったものを敵と考えていたらしい節があるのです」


「つまり自分と似た理想を唱えてる人とか、彼女の話を信じないで邪魔をしようとしてる人とか、そういう人たちが「敵」ってことですか」


「そうです。仮に「良い気」をまとった人たちを『霊胞れいほう』、悪い気をまとった人たちを『霊敵れいてき』としましょう。彼女は自分が団体を立ち上げるにあたり、既に巨大な存在であるブラヴァッキー夫人の『神智学会』や『黄金の夜明け団』とは戦うべきでないと思っていました。彼らを敵視すれば他の大きな団体、例えばフリーメイソンやキリスト教神秘主義とも敵対せざるを得なくなります。ただの看護婦、それも日本人である彼女が直接の敵としたのはもっと小さな人たちだったのです」


「となると、ひょっとして……」


「彼女が狙ったのはロンドン、イーストエンドに住む恵まれない人たち――特に女性たちでした。彼女は不遇な女性たちの中にこそ神秘的な力を持つ者がいると考えたわけです。まあ、この当時はアメリカのフォックス姉妹など、女性の中に心霊体験をする者が多かったということもあるのかもしれません。しかし彼女は霊感と同じくらい危険な個性を生まれつき持ち合わせていました。それが殺人衝動です」


「殺人衝動?」


「つまり彼女は直感的に「悪い気」を持つと感じた女性を『霊敵』と断定し、いずれ自分の活動を邪魔するに違いないと思いこんだ。そしてそのような女性を残酷な手法で殺害していったのです」


「そんな無茶な……」


「これが昨年の八月から九月にかけて英国のイーストエンド地区で殺害されたとされる五人の女性――『カノニカル・ファイブ』です」


「五人も続けて殺した……と?」


「そうです。五人目を殺した時、彼女の中で急にイーストエンドへの関心が薄れてしまったのです。そして彼女の耳にある噂が届きます。それは『黄金の夜明け団』が創設されるきっかけとなったアンナ・シュプレンゲルという女性が霊力を失いかけているという噂です。

 そもそもこの女性が本当にいるのかどうか私もよくわからないのですが、とにかく彼女は失われた霊力がどこにいったのか、強い興味を持ちました。そして父の知人から日本に帰らないかという手紙を貰った時、彼女の中である予感が閃いたのです。

 それは遠い東の国に霊力を譲り受けた人物がいて、その人物を霊的な導師として日本で団体を立ち上げればいいのではないか……と」

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