第4話 キュンストレイキの立像 2-⒀


「ちょっと待ってください。その不思議な力を持っていた人はアンナと言うんですね?」


「そうです。偶然ですが神智学協会にも一時期、アンナ・キングスフォードという医学を習得した優れた女性がいたといいます。彼女が日本でアンナと言う名の霊的導師を探していた可能性は高いでしょう」


 流介は唖然とした。文が布由になりすまして生きているという礼太郎の説が本当なら、まさか安奈の様子を窺っていた怪しい人物というのは……」


「さて、日本の匣館に帰国した文は、森屋真人という男性と知り合います。この男性は心霊や神秘主義に彼女以上に詳しく、彼女はこの人物こそが共に霊的団体を立ち上げるべき『霊胞』だと確信しました」


「それが彼女の殺された「夫」だったというわけですね?」


「そのようです。当初、彼女はこの男性をブラヴァッキー夫人が共に『神智学会』を立ち上げた同志ヘンリー・スティール・オルコットのような役割の人物だと思いこみました。実際、森屋は文にブラヴァッキー夫人が日本に来た時、会ったことがあるなどと言っていたようです。

 ……が、感情的なすれ違いがあったのかはたまた彼女の殺人衝動が目覚めたのか、もはや『霊胞』ではないと断定された森屋は、彼女の手によって殺害されることとなります」


「それで……布由さんが文だとすると、どういうことになるんです?」


「まず、あなたが会った『布由さん』は文だということになり、彼女の言動は全て『新知布由』ではなく文のものだということになります」


「じゃあ、仮にそうだとして、彼女のどんなところが気になるんです?」


「それを話す前に、新知布由さんとどのような話をしたのか、教えてくれませんか?」


 百彦にそう尋ねられ、流介は磁気治療やアルモニカの話をごく簡単にかいつまんで話した。


「なるほど、やはり私の思った通り彼女は普通の女性ではないようですね」


「確かに変わったところはあるようだけど、普通じゃないとは人聞きが悪いですね。なぜそう思うんです?」


「まず、磁気治療――つまりマグネタイザーですね。これは十八世紀に流行った胡散臭い治療法で、施術者が患者に磁気を与えると心身の不具合が改善するという物です。そしてこの治療法は科学的にはなんの根拠もなく、今では忘れ去られています。そんな物に拘るというあたり、彼女の言う医学とは科学とは異なるものと考えて間違いないでしょう」


「なにをおっしゃられているのかさっぱり呑みこめないのですが……」


「つまり今、信じられている最新の科学を信じず、エーテルとか磁気だとかいう謎の力を信じているということです。アルモニカという楽器も、かつて磁気治療の最後に演奏されていた楽器のようです」


「じゃあ彼女は医師や看護婦ではなく別の何かを目指している、そういうことですか?」


「そうでしょうね」


「それは何です?」


「超人――進化した人類を増やす団体の創設者になることと、自分自身が進化した人間になるというこの二つでしょう。そう考えると『不思議の国のアリス』を愛読しているというのも何やら謎めいています。あの本には独自の言葉遊びがふんだんに使われていて、子供の本であると同時に暗号が詰まった本とも言われてますからね」


「じゃあ僕が帰り際に見た、人間とも人形ともつかない奇妙な物体は?」


「それは……よくわかりません。もしかしたら神秘的な儀式に使う人形かもしれません」


 百彦はそう言って頭を振ると、「とにかく布由という女性には気をつけて下さい」とつけ加えた。


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