第4話 キュンストレイキの立像 2-⑼



「はじめまして。私が斉木百彦です」


 六畳間に現れたのは、顎髭を生やした五十歳くらいの眼光鋭い男性だった。


「まず昨年、英国の人たちを恐怖に陥れた『切り裂きジャック』についてお話しましょう」


 百彦はそう前置くと、豊かな髭をさすった。


「『切り裂きジャック事件』――またの名を『ホワイトチャペル事件』は昨年の八月から十一月にかけて英国倫敦のイーストエンドという貧民街で起きた、女性ばかりを狙った連続殺人のことです。被害に遭ったのはいずれも貧しくしかし頭のよい女性たちだったと言われています。

 殺害の手口は残忍極まりなく、人間の仕業とは考え難いものばかりだったそうです。ある者は顔面を切り刻まれ、ある者は心臓を切りとられるなど普通の人間であればためらうような行いをこの殺人鬼は短い間に平然と繰り返したのです。

 そして犯人らしき人物から警察に届けられた手紙の内容から、この連続殺人鬼は巷でこう呼ばれるようになりました。『切り裂きジャック』――と」


「それで……布由さんに「なりすまし」ているというその文という女性は一体、何者なんです?なぜ彼女を『切り裂きジャック』だと思ったんです?」


「それは私より礼太郎に聞いた方が早いでしょう」


 百彦はそう言うと、礼太郎に後を託すように部屋の隅に下がった。


               ※


森屋文もりやふみ――当時の名は久津見文くつみふみだが――は万延元年の匣館に生まれた。生後間もなく医師である父親の仕事で独逸に渡り、その後英国に渡りエディンバラで暮らすようになった。

 一方、僕も十二歳の時に英国へ移住し、僕らの住むアパートが文の住む建物と近かったことから文のことは幼い時から知っていた。彼女は五歳くらいからすでに霊感がかった少女と評判で、交霊術の真似事までしていたらしい」


 流介は礼太郎の語る異国の物語に、架空の物語を聞くような気分で聞き入った。


「彼女の父とつきあいがあったうちの父親の話によると、文は年が長じるにつれ凄まじい速さで本を読むようになっていったそうだ。そしていつしか怪しい大人たちと議論をかわすようになっていったという。

 やがて学校に入った文は日本人の少年が近くにいると知り、わざわざ僕に会いに来た。そして僕を見るなり「あなたには神の知恵を授かる資格があるわ」と言ったんだ。まだ七、八歳の子供がだぜ」


 流介は顔をしかめながら文について語る礼太郎を見て、よほど不気味だったのだなと想像した。

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