第4話 キュンストレイキの立像 2-⑻


「荒唐無稽な想像と言うと?」


「つまり崖から身を投げた――いや、突き落とされた文こそが青柳町の布由であり、立ち振る舞いが似ているとされる女性は、まんまと生き延びた文その人なのではないかということだ」


「つまりなりすましって事?馬鹿馬鹿しい、顔全体を変えない限り、無理だと思うよ」


「普通の人であればそう考えるだろう。しかし僕にはあの布由という女性が普通の女性ではないように思えて仕方がないのだ」


「そう考える理由は?それに君は探偵だというが、そのなりすまし女性を追いかけていったい何の得があるというんだい」


「これといって得はない。しかし僕は文という下手人の女性について、彼女がまだ英国にいた時から危険な人物であると目をつけていたのだ」


「英国だって?」


「うん。先を知りたいかい?長い話になると思うが」


「ぜひとも聞かせてくれたまえ。ただし、僕にようにめぐりの悪い頭でもちゃんとわかるように頼む」


「承知した。死んだと思われている女性、文は僕が思うに昨年、英国を――いや、世界中を脅かした恐るべき連続殺人犯ではないかと思っているのだよ」


「連続殺人犯だって?」


「うむ。……記者君は『切り裂きジャック』と言う名を聞いたことないかな?」


「切り裂きジャック?……いや、知らないな」


「僕が追っている人物は女性なので正しくは『切り裂きジル』とでも呼ぶべきなのだが……とにかく五人の女性を次々と残酷な手口で殺害した、恐るべき殺人鬼がいるのだよ」


「その犯人が日本に来て結婚し、すぐに夫を殺した?それは君の独創かい?」


「いや、その説を口にしたのは今、『シャーロックホームズ』という推理小説で英国を沸かせている作家にして医師の『コナン・ドイル』氏なのだ」


「コナン・ドイルだって?」


「しーっ。これ以上の話をするにはここは不適当だ。すまないが僕の下宿まで来てくれないか。会わせたい人がいるんだ」


「合わせたい人?」


「叔父の斉木百彦さいきももひこだ。こういう怪しい話の説明をさせたら叔父の右に出る者はいない」


 礼太郎はそう言うと、残った蕎麦を音を立てて啜った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る