第4話 キュンストレイキの立像 2-⑺
「女将さん、わがまま言ってすまないが連れが囲いのある席で話したいというんだ。衝立のような物を用立てては貰えまいか」
「わかりました。飛田様のたっての頼みとあらばご希望に沿うようにいたしましょう」
『梁泉』の女将浅賀ウメは強く頷くと、「少々お待ちを」と言って座敷の奥へ姿を消した。
「しかし新聞記者の方だとは思わず、先ほどは失礼した。……ところで記者君。こんな事件はご存じかな?」
座敷の隅の席を二枚の衝立で囲うようにしてこしらえた「部屋」で、礼太郎は出された蕎麦をすすりながら驚くべき話を切り出し始めた。
「今から二ヵ月ほど前、住吉町に住む
礼太郎が訥々と話す凶事は、流介の耳には一度も入ったことのない話だった。
「ところがこの妻が留置された翌日、文は警備の隙をついて部屋を抜け出し脱走を試みたのだ」
「この狭い街で脱走……」
「そうだ。その日のうちに大掛かりな追跡が試みられ、日没の少し前に立待岬の突端で女性の履物らしきものが発見された」
「と言うことはつまり身投げ……」
「警察は投身自殺を装って実は生き延びているのではないかという疑いを持ったようだ。それで追跡を継続したのだがさらにその数日後、大森浜に女性の物と見られる死体が上がった」
「なんと」
「死体は既に腐乱が進んでおり、警察は最終的に背格好から死体が脱走した被害者の妻であると結論付けた」
「逃げ切れないと悟った容疑者が自ら死を選び、裁きの場に出ることなく終わったというわけだね?」
「そうなんだが……しばらくして青柳町に住むある女性が、この亡くなった文と立ち振る舞いが似ていると噂になり始めたのだ」
「似ているといっても所詮は別人だろう。背格好はともかく顔は家族や知人から見ればその人でしかないはずだ」
「そうなのだが、僕にはどうしてもある荒唐無稽な想像が浮かんで仕方がなかったのだ」
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