第3話 シニストレアの鏡像 4-⑴


 石段を登り切り、振り返ると凪いだ青い海が夏の雲と共に目に飛び込んできた。


「――さて、現場に戻ってはみたものの、最後の鍵みたいな物がどうにも見つからないな。やはり「彼」とは頭の作りが違うとみえる」


 流介が諦めのため息をついた、その時だった。


「あら、この前の記者さんじゃないですか」


 飛んできた声にはっとした流介が目線を下げると、石段を登ってくる一人の女性と目があった。


「ええと……あなたはたしか肉屋さんの?」


「雪乃です。その後、何か面白い話は聞けまして?」


「いやあ、それが思うように行きませんで」


「では『手をくれ面』のこともまだわからないんですね?」


「はい……せめて「この人ではないか」という人物に辿りつければよいのですが……」


 流介がぼやいてみせると雪乃は「何かお役に立てればいいんですけど……」と顎に手を当てた。


「あんな背の高い幽霊みたいな人はこの辺りでは見たことがありませんから、もし面を取った姿でもう一度見ればわかるような気もします」


「この辺りでは……待てよ」


 流介の頭に、誰かが火を灯したようにぽっと新たな考えが閃いた。


 ――七夕の夜は誰もが正気を失うという……もしかしたら『面』の者も普段はひっそりと暮らしていて、月が出ると面をつけて怪人のようにふるまうのではないか。つまり月が出ている間は怪人に見え、日の出ている間は普通の――ただし記憶に残るような特徴のある――人物なのではないか?


「ううむ、何か閃きそうだ。……雪乃さん、手がかりをありがとうございます。今の話を、ちょっと知り合いにして見ます」


「お知り合いの方?」


「はい、ここからそう遠くない場所にいるはずです」


「遠くない場所……」


「あそこです」


 流介はそう言うと、雪乃の背後を指さした。


「海……」


「そうです。その人物は海に漂う家を建て、そこで推理をするのです」


「海で推理する探偵さん……?」


「ええ。船頭探偵です」


 ――月が消える前に、手を売ってくれ。この言葉はつまり、日が昇って世間の人たちに自分の正体が知れる前に手を買いたい……そういう意味だったのかもしれない。


「それでは、僕はここで失礼致します」


 流介は不思議そうな顔の雪乃に一礼すると、もと来た道を引き返し始めた。


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