第3話 シニストレアの鏡像 3ー⑸


「えー、最後は私日笠が締めさせていただくわけですが……残念ながらウメさんやウィルソンさんをしのぐ名推理はございません。あえて突拍子もない話をするとすれば、『面』の者は佐吉さんの商売敵だったのではないか、という推理です」


「商売敵と言うと……ろうそく屋?しかしこのあたりに腕のいいろうそく職人などそうはいませんよ。いたとしても誰だかすぐにわかってしまうのではありませんか?」


 ウィルソンが疑問を口にすると、日笠は「ろうそく職人かどうかはわかりませんが、いずれにせよなにがしかの職人であるとわたしは推理します。ですから知られざる天才職人ということになりましょう。……」と返した。


「知られざる職人……ですか」


「はい。何か別の稼業を営む傍ら、年に一度の『七夕祭り』のためだけにひときわ明るく、一晩中火を灯しても減らないろうそく……あるいは風や転倒に強く火事を起こしにくい灯篭と言ったものをこしらえていたのではないかと思います」


「その腕を佐吉は妬ましく思っていたと?」


「それだけではありません。『面』は左手が短いか途中からなかったのではないかと察せられます。もちろん、片腕の職人も多くおられるとは思いますが、作業の時の道具――または外に出る時のたしなみとして義手のような作り物を左手に被せていた可能性があります」


「それを佐吉が盗んだ……というわけですね」


「ひょっとしたらそれほど不穏ないきさつではなかったのかもしれません。例えば『面』の工房が火事になり、義手が焼けてしまったと思いこんだ『面』は床に伏してしまった。しかし焼け跡を見に入った佐吉がそこで偶然、焼け残った義手を見つけてしまった。佐吉はこれさえなければ『面』もやる気をなくすだろうと勝手に持ち帰ってしまった」


「それほど大きな違いがあったということですか」


「ですからウィルソンさんの説のように、『家宝』のような物になっていたのかもしれません。落ち込みの激しい『面』を見て佐吉は返す機会をうかがっていましたが、そうこうしているうちに失意の『面』はどこかに居を移してしまった……罪の意識を感じた佐吉は義手を仏壇に備え、どこにいるかわからない『面』に詫び続けたというわけです」


「しかし『面』は巷を騒がせ、佐吉は亡くなった。つまり『面』は戻ってきたということになります」


「左様、戻ってきた『面』は少年が仏間を覗く前から、佐吉が義手らしき物を持っているという噂を仕入れていたのです。あれこそ奪われた『家宝』であると確信した『面』は恐ろしいのっぺら坊の面を作り、怯えた佐吉が自分の前に現れるようにお膳立てをした……」


「それが何かの行き違いで不幸な結末になってしまった……と、こういうわけですね?」


「その通り、後はウメさんやウィルソンさんの推理とほぼ同じです。生きているか亡くなっているかはわかりかねます」


 日笠は独自の推理を語り終えると、ふうと息を吐いて浮かせかけた腰を椅子に戻した。


「みなさん、楽しい推理をありがとうございました。私からは特に付け加えることはございません。……では今回の例会中、最も魅力的だった説を決めたいと思います。ご自身の説が最も魅力的だと思う方は手を上に、他の方の説が魅力的だったと思われる方は、その方の席がある方向に手を向けて下さい」


 安奈がそう言うと、二本の手がウメの方を、ウメの手がウィルソンの方を差した。


「では本日の公認推理はウメさんの説ということにいたします。ホストの日笠様、まとめの言葉はございますか?」


「いや、至極当然の結果ではないですかな。ただ、ウメさんの言う「うつし」の存在を実際に見たものがいないというのが唯一の難点ではありますが、それを差し引いても納得の行く推理だと思います」


 日笠がまとめると、期せずしてテーブル全体から拍手が起こった。


「どうですか、ゲストの飛田様は。なにか付け加えることはございますか」


 いきなり話を振られ、流介は「ううん、そうだなあ」と宙を睨んだ後、「僕もやっぱり「うつし」が気になりますね。説としてはウィルソンさんの怪談風推理が好みですが」と率直な感想を口にした。


「では、これからお飲み物とお料理を用意してまいりますので、皆様しばしご自由にご歓談ください」


 安奈はそう言い置くと、身を翻して厨房の方に去って行った。


 ――確かに腑には落ちた……しかし謎のすべてが解けたわけではない。たとえば佐吉が『面』と会った時なぜ「オオイヤイヤヨ」と言ったのか……


 まあいか、と流介は思った。謎を全て解きそうな人物が知人にもう一人だけ、いたからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る