第3話 シニストレアの鏡像 3-⑶
「たとえ誰かがもし、ご住職の前で「うつし」という言葉を使われたとしてどういう意味だとお思いになります?」
「そうですな、うつしといえば私どもの世界ではまずお経が真っ先に浮かびます。あるいは古文書とか巻き物とか、そういった古い資料のことです」
「あたくしもそう思います。では「まじもの」「あるべ」とは何なのか。残念ながらそれを解き明かせるだけの知識があたくしにはございません。そこで「まじもの」と「あるべ」が何なのかはさておいて、佐吉さんがなぜ「うつし」にこだわったのかを考えてみることにしました」
「何か重要な書の写しをどうしても、手元に置いて置きたかった……そういうことですか」
流介が問いを挟むと、ウメは「そんなところでございましょう」と返した。
「おそらく「面」と佐吉さんとの間に「うつし」にまつわるすったもんだがあり、ひとつの「うつし」を二人で取り合っていたのではないでしょうか」
「つまり貴重な古文書か本、あるいは地図のよう物をめぐって争っていたと?」
「そうです。この匣館なのかよその土地でなのかはわかりませんが……最終的には話し合いで解決されずもめ事に発展してしまったのでしょう」
「その時に佐吉が「面」の手首を切ってしまったと?」
「切ったかどうかはわかりません。とにかく佐吉さんが「うつし」を探していたということは「うつし」は「面」の元にあり、佐吉さんは「面」が手首を取り返しに来たら「うつし」と交換しようと目論んでいたのでしょう」
「つまり「面」は佐吉が手首を保存する技を持った人物だと知っていたわけですね?」
「よもや相手が痺れを切らして蛮行に及ぶとは思わず勿体をつけたところ、佐吉さんがこれは預かっておくとばかりに手首を持ち去った……そんなところではないでしょうか」
「それで佐吉は食べ物屋に入るたびに給仕の記憶に残るように「うつし」のことを口にしていたと……まるで誘き餌ですね」
「そして佐吉さんの目論見通り、「面」が自分の前に現れた……佐吉さんは「面」と会ったら取引をしようと思っていたのですが、「面」の方は「うつし」を渡さず手首だけを取り戻そうとしていた……これがあたくしの推理でございます」
ウメは簡潔で明快な説明を終えると、洋風に結い直した頭をぺこりと下げた。
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