第3話 シニストレアの鏡像 3-⑵
「その通りです。ろうそくもらいの輪から遅れてしまったある少年が、商売で蝋燭を売っている佐吉の店に止むなく無心に訪れた時のことです。なんと奥の仏間を覗いた少年は、人間の手首のような物が仏壇に供えられているのを見たというのです。その噂は少年の家人を通してあっという間に街に広まりました。そのことが、事故死を別のある噂と結びつける騒ぎに発展させたのです」
「別の噂……」
「はい。七夕の少し前から末広町、弥生町、船見町のあたりにかけてしばしば怪し気な人物が目撃されるようになったのです」
日笠が怪人の話を始めると、その場の空気が夕刻だというのに闇に包まれたようになった。
「怪人物は目のところを丸くくり抜いたのっぺら坊の面をつけ、夜半に一人で歩いている者を呼び止め、こう言うのだそうです「月が消える前に手を売ってくれ」と。その「手を売ってくれ」という言葉と怪人の左袖が異様に長く手首が見えなかったことから、佐吉の家にあった手首と結び付ける者がいたのです」
「……というと?」
「つまり『手をくれ面』と佐吉との間にはなにがしかの因縁があり、佐吉が仏壇に供えてあった手首はかつて佐吉が面の人物から切り落とした、あるいは盗んだ物ではないかというのです」
「なんと……ろうそく屋がそんな恐ろしいことを過去にしていたと言うのですか」
「噂はさらに、面の人物は佐吉が自分が失った手首を持っていると知り、手首を返せと直談判したのではないかという連想に繋がりました。そして佐吉が手首を渡すのを断ったために力づくで――というわけです」
「殺してまで?……ということは事故――事件の後、佐吉の家の仏壇からは件の「手首」は消えていたわけですね?」
ウィルソンが問いを挟むと、日笠は「さあ……あくまでも噂に過ぎないので、そのあたりの真偽は定かではありません。が、佐吉と怪人が事件の晩に顔を合わせていたと言うのは事実のようです」と答えた。
日笠が謎の披露を終えると、座はいったん不気味な沈黙に支配された。やがて「あのう」と沈黙を破る声が会員の一人から上がり、止まっていた時間が再び動き始めた。
「あたくしから推理を述べさせていただいても、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
おずおずと、しかし品のある仕草で手を挙げたのは欧風の装いに身を包んだウメだった。
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