第3話 シニストレアの鏡像 3-⑴
「それでは七月の『港町奇譚倶楽部』例会を始めたいと思います」
土蔵造りの酒屋の地下にある秘密のカフェ―『匣の館』に集った常連客達は、洋装に着替えた美少女――オーナーである安奈の挨拶に揃って頷いた。
『匣の館』は酒屋の奥にある隠し階段を通らなければ入ることはできない、会員になることで初めてオーナーに案内されるのだ。
「ええと、今回のホスト役は日笠様……でよろしかったかしら」
進行役である安奈がそう言うと丸テーブルを囲む会員の一人、日笠が「左様、僭越ながら本日は私がホスト役を務めさせていただきます」
日笠は席を立つと、会員たちに恭しく一礼した。いつもは袈裟姿の日笠だが、ここに来るときはタキシードだ。『港町奇譚倶楽部』とは、街に流れる様々な噂を会員同士で推理し合い、もっとも魅力的な答えを提供した者が全員から奢られるという趣旨の会だ。
「さて、今回の謎でありますが、私が聞き及んだ一連の奇譚にここにおられる飛田君の取材を加えたいわば「合作」の謎になるのですが、よろしいかな?」
日笠が伺いを立てると、その場の全員から承知したという意味の拍手が起こった。
「では、今回の謎はそう……『手をくれ面の謎』といたしましょう」
日笠が『手をくれ面』の名を口にした途端、他の二名――ハウル社の重役ウィルソンと『梁泉』の女将浅賀ウメはぶるりと身体を震わせた。やはり改めて怪人の名を聞かされると、背筋が冷たくなるのだろう。
「ことのおこりは一週間ほど前、七夕が終わった数日後のことでした。船魂神社の境内でろうそく屋を営んでいる栄江佐吉という男が亡くなっているのが発見されたのです」
日笠はそこで言葉を切ると「呑みこめましたかな?」という目線をあらためて一堂に向けた。
「佐吉は頭から血を流している状態で見つかり、警察が捜査に乗り出したのですが結局、酔って石段から落ちたのだろうという説明で片がつきました」
日笠が事件のあらましを説明し終えると、ウメが「その佐吉さんとはあたくし、少々面識がございます」と言った。
「うちのお店の常連さんだったので、事故の話を聞いた時にはびっくりしましたわ」
ウメはほんのいっとき懐かしむような目をした後、恐ろしそうに頭を振った。
「それだけなら不幸な話として忘れられるところですが、事故からほどなくある噂が流れ始めたのです。まず、ろうそく屋に関してなくなる少し前から不気味なうわさ話が流れていました。七夕祭りの準備である「ろうそくもらい」――これについて説明の必要な方はいますか?」
「灯篭の中に入れるろうそくを、子供たちが家々を回って集める――そうですね?」
間髪を入れず答えたのは、外国人であるウィルソンだった。
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