第3話 シニストレアの鏡像 2-⑷


「飛田さん、奇譚好きの友人が『手をくれ面』に興味があるそうなので会ってみませんか」


 机に向かい「こうなったら怪人の部分は想像で補うほかない」と腹を括りかけていた流介に、その人物は朗らかに声をかけてきた。


「天馬君か。興味があるといっても、直接怪人に会ったとかとんでもない噂を仕入れたとか記事がはかどるような話じゃないと腰は上がらないよ」


「それがですねえ」


 美貌の青年は、まるで流介が餌に食いつくことを確信しているかのようにもったいをつけた。


「直接ではないんですが怪人とろうそく屋を繋ぐ話を知っているというんですよ。どうです、会ってみては」


「君と言う人はどうあっても僕を動かしたいらしいな。いいだろう、ちょうど明日「奇譚倶楽部」の人たちと会うことになっているし、話の種が増えるに越したことはない」


「そうこなくては。……なに、距離にしてここから歩いて半刻といったところです。脚を動かせば頭の方もより働くにちがいありません」

 

 ――やれやれ、気がつくといつも天馬や安奈の思惑通りに動いている。彼らこそ異界からやってきた怪人ではないのか。


 流介は聞こえぬように小さくぼやくと、書き物の束を片付けて席を立った。


                ※


「はじめまして、わざわざやって来ていただいて恐縮です。医師をしている四辻よつつじと言います」


 二十間坂の近くにある治療院で医師をしているというその人物は、「私は文学も好きでして、特に奇譚の類に目が無いのです。水守君やハウル社のウィルソンさんからはよく、海外の珍しい話を聞かせてもらっています」と目を細めた。


「お一人でこの治療院を営まれているのですか?」


 流介が尋ねると「いえ、小さな治療院ですが手伝いを雇っております。……おおい」と続きの間に向かって声をかけた。すると白いシャツにズボンといういでたちの背の高い女性が遠慮がちに扉を開け、姿を現した。


「看護師とまではいきませんが、こまごまとした雑用をやって貰っているロザリアさんです」


 四辻が紹介すると、二十代後半くらいのその女性はぺこりと頭を下げた。


「ロザリアです。ここで先生のお手伝いをさせて頂いてます」


「匣館新聞で記者をしている飛田と言います。……外国の方がこういった場所で働かれているのは珍しいですね」


「いえ実は私、生まれも育ちも日本なんです」


 ロザリアは薄い瞳に柔らかな笑みを浮かべ、はっきりとした日本語で言った。なんと、どうりで言葉が流ちょうなわけだ。


「彼女も私に影響されたのか、不思議な話が好きなんですよ。同席しても構いませんか」


「もちろん。……で、『手をくれ面』とろうそく屋を繋ぐお話とは?」


 流介は不躾と思いつつ、前置きもなしにいきなり本題を切りだした。


「実は佐吉さんとは以前からの知り合いで、あの人が事故で亡くなった晩、たまたまある患者さんに薬を届けに行こうとして日和坂の手前にいる佐吉さんをお見かけしたのです」


「ほう、事故の晩に」


「はい。佐吉さんは黒っぽい服を着た人物と一緒にいました。そして二言三言何やら言葉を交わした後、人物に誘われるように坂の方に向かっていきました」


「その黒づくめの人物が『手をくれ面』だった可能性があるというわけですね」


 流介が尋ねると四辻は頷き、「正面から見たわけではないので、確かなことは言えないのですが……歩き出す直前、佐吉さんが気になる言葉を口にしていたのです」と言った。


「気になる言葉?」


「はい。たしか「オオイヤイヤヨ」と言っていたように思います」


「オオイヤイヤヨ……七夕の時の掛け声じゃないですか」


「ええ。なぜ数日前に終わったはずの七夕の掛け声を、『手をくれ面』に向かって言ったのか……それを水守君に話そうとしたら「僕よりもっとその話を聞きたがる人がいますよ」と言われまして」


「ははあ、そういうことか」


 流介はふうと息を吐くと、いたずらっぽい笑みを浮かべている傍らの天馬を見た。



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