第3話 シニストレアの鏡像 2-⑶
「どうなさいました飛田さん、先ほどから考え込まれて。お蕎麦が伸びてしまいますよ
ふいに声をかけられ、流介ははっと顔を上げた。どうやら蕎麦を半分ほど平らげたところで物思いにふけってしまったらしい。
振り返るとこの店『梁泉』の女将、浅賀ウメが目に心配げな色を浮かべこちらを見ていた。
「やあお恥ずかしい。実はちょっとした考えごとをしていまして」
「またですか。今度はどのようなお話を仕入れられたのです?」
安心して厨房に引っ込むかと思いきや、ウメは流介の悩みにするりと入り込んできた。
「女将さん、『手をくれ面』って聞いたことありますか?」
流介が思いきって尋ねるとウメは一瞬、言いよどんだ後「聞いた覚えがあるように思います」と言った。
「実は七夕の後、船魂神社の境内で亡くなった男が事故ではなく殺されたと言う噂があるんです」
「そうなんですか、お気の毒に」
「ろうそく屋の佐吉という男なんですが、その人物と怪人との繋がりがどうにも見えなくてね」
「その、ろうそく屋の佐吉さんという方でしたら、存じてますよ」
「えっ、本当ですか?」
「はい。お店にたびたびいらっしゃってました」
「そうなんですか?これは驚きだ」
「七夕が近づくと、「消えにくいろうそくをあつらえなくちゃならないんだ」と、厳しい顔で漏らされていました。あたくしには特に変わったところはなかったように見えましたが……」
「なにか思いだせることはありませんかね。なんでもいいんですが……」
流介が食い下がると、ウメはしばし宙を見つめ「そう言えば」と何かを思いだしたように言った。
「一度、不思議な独り言を言われていたのを小耳に挟んだことがあります」
「不思議な独り言?」
「はい、ある時ぼそりと「まじもののうつし」とか「あるべのうつし」とかおっしゃってました」
「どういう意味でしょうね。ううむ」
「次の『港町奇譚倶楽部』で扱ってみましょうか」
「そうだなあ。ウィルソンさんたちの知恵をお借りするのもいいかもしれない。しかし怪人の見当がまるでつかないというのも、妙な話だなあ」
「それに関しましては、ひとつ想像ができます」
「なんです?」
「その方は何か理由があって、「怪人」らしく振る舞っているのではないでしょうか」
「理由?……どんな理由です?」
「さあ、そこまではわかりかねます。とにかく「怪人」らしい方を探すのではなく、別な探し方をされてはいかがです?意外と「えっ」と思うような意外な方が「怪人」かもしれませんよ」
「確かにそうかもしれませんが怪人に見えない人物が怪人だったら余計、探しにくいんじゃないかなあ。何かひとつでもほかに手がかりがないと」
流介はふうと大きなため息をつくと、放っておいた蕎麦を再び啜り始めた。
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