第3話 シニストレアの鏡像 2ー⑵


「私が『手をくれ面』と会ったのは七夕の少し前、七月に入ったばかりの夜更けでした」


 亜蘭と女学校の同級生だというその女性は、雪乃という肉屋の一人娘だった。雪乃は怪人と会った晩のことを、店の前で色白の顔を強張らせながら振り返り始めた。


「父が灯篭造りの中心だったこともあって、私は近くの竹細工店に通う父のお伴をよくしていました。「怪人」と出会ったのは父が風邪で灯篭造りに参加できなくなった晩、そのことを他の人たちに告げに行った帰りでした。


「すると場所はこの辺りというわけですね?」


「はい、うちの店から歩いてすぐのところです」


「その時の様子はどんな感じでした?周りは暗かった?」


「はい。ですが月が出ていましたので何も見えないということはありませんでした。提灯かランプがあれば周りがはっきり見える程度の暗さです」


「そこへ件の怪人が現れたというわけだ」


「はい。背がとても高く目の所だけが丸くくり抜かれたのっぺらぼうの面をつけておりました。月明りを受けてしらしらと輝く面が近づいてきた時は、腰のあたりで揺れる左の袖と相まってとても恐ろしかったのを覚えています」


「で、怪人は何と?」


「すれ違いざま私に「月が消える前に、手を売ってくれ」と言いました。噂の通りです」


「なるほど、それだけだったんですね?」


「ええ。私が一切応じぬまま黙っていると、やがて諦めたのかどこかへ去って行きました」


 雪乃は一部始終を語り終えると「これでおしまいです」と蒼ざめた顔のまま頭を下げた。


「ううむなるほど、聞きしに勝る怪異だな。どうもありがとう。思い出させて申し訳ない」


 流介は雪乃に礼を述べると、物の怪に首筋を撫でられたかのようにぶるりと身体を震わせた。

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