第3話 シニストレアの鏡像 2-⑴
ろうそくと荒物を扱う商店『栄江屋』のまえで、流介は時折入り口の方を伺いつつぶらぶらしていた。
――手首のことを説明できる家人がいるとは思えないが、誰か出て来たら話だけでも聞いてみたいものだ。
そんな淡い期待を抱きつつ往来を行ったり来たりしていると、ふとこちらを見ている十歳くらいの男の子が目に入った。
「おおい、君」
流介が背中に声をかけるとぴくんと肩が撥ね、男の子は二、三歩後ずさって脚を止めた。
「さっき僕のことを見ていたよね。ひょっとしてそこのろうそく屋さんと関係がある子?」
「ええと、あの……このお店とは関係がないです」
「じゃあなぜこの辺をうろうろしてたの?」
「店から出て来る人に手が……左手があるかと思って」
「手が?……そうか、君が噂の「手」を見た子だったのか。じゃあろうそく屋が殺されたかもしれないっていう話も知ってるわけだ」
男の子はこくんと頷くと「僕は『手をくれ面』とかいう人は見たことないです。でももし僕の見た「手」がその人の手だったら『手をくれ面』はやっぱり自分の手を取り返したのかなあって」と言った。
「殺してまで?」
流介が尋ねると、男の子はわからないと言うように頭を振った。これ以上聞いても仕方がないなと思い、流介は「すまないね、怖いことを思いださせてしまって」と詫びた。
※
怪人の存在を確かめない限り、記事にぞっとするような迫力を持たせることは難しいだろうな――そんな弱気に囚われかけていた流介に思わぬ光明が差したのは、弥生坂方面をぶらついていた時だった。
「あら、飛田さん。こちらの方でお見かけするなんて珍しい。何か事件でも?」
朗らかな声で流介をはっとさせたのは安奈の親友、平井戸亜蘭だった。この快活な女性は末広町の写真屋の娘だが、女学校を出て薬屋で働いているという「仕事のできる娘」なのだ。
「やあ亜蘭君。今日は薬屋さんの方は?」
「お休みです。飛田さんは取材でこちらに?」
「ええ、まあ……ちょっと巷の噂を追ってまして」
「巷の噂?七夕も終わりましたし、この辺りはいたって静かなものですけど」
「そうでしょうね。……まあ僕が追っているのはそもそも事故なんだか事件なんだかよくわからない出来事なんですよ」
「よくわからない、といいますと?」
「この界隈で囁かれている「怪人」が実際にいるのかどうか、そこが問題なんです」
「怪人ですって?」
「はい。『手をくれ面』という怪人です」
笑われるのではないかと思いつつ流介が怪人の名を口にすると、意外にも亜蘭は笑って「ああ、それなら私の知り合いが見たと言っていました」と思いがけない言葉を返した。
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