第36話 ある異端の内心①
「いってらっしゃい」
私はそう言って笑顔で彼女を送り出す。少し不安だが、まぁ大丈夫だろう。いつもより監視者を多めに配置したのだから、もし何かあった場合でもすぐに対処できるだろう。
不安な気持ちは多少ではあるが理解できる。しかしあの姿を見て誰が男だと信じるだろうか。百人に聞いてもその全員すべてが女と答えるだろう。
女性スーツもアップデートした物を着用させた。通気性と隠蔽度が数パーセント向上しているものだ。
それにあの扇木が直々に監修している。
扇木自らスタッフを手ずから選別し集めた特別なチーム。そのエリートチームによって生み出された彼女は当然のように美しい。容姿もさることながら姿勢、仕草、声音、どれをとっても素晴らしい仕上がりになっている。
しかしながら精神面が脆弱であることが難点と言える。試行錯誤しながらコントロールしているのだが、意図する結果にはまだまだ時間をかける必要があることは皆が理解を示しているのだが、思うように進まないことに少し焦燥する。
昨日もかなりの脆弱を見せ私に泣きついてきた。話を聞いてみると級友と出かける事になったようだ。何が不安なのか丁寧に聞き取りをし、ひとつひとつ対処した。粗方対処し終えたことを確認した私はいつものようにマインドに効果がある話を彼女に聞かせてブレインウォッシュする。
彼女が思っている不安はいつものように杞憂に終わるだろう。それより起こりもしない不安より自身が周りに与える影響のほうが大きいと理解してほしいものだ。
まったく自己評価が低いのも困ったものだ。
どれだけ周りに注目されているのかまるでわかっていない。まだ数日しか経過していないのにもかかわらず、様々な報告が上がってくる。これは他にはない異例な事態だ。
報告書を読み終えるたびに何とも言えない感情が生まれる。彼女に悪気はないのだろう。しかし、結果だけ見ると我々の斜め上の予想外の事柄に巻き込まれている。
もちろん全力でサポートはするつもりだ。だが学園というテリトリーは学生がメインである。サポーターを増員するつもりだが、あの高校は良くも悪くも個性がある生徒が多い。
それに報告書で気になる生徒がいる。長瀬美里だ。初日から積極的に彼女と接点を持ち世話を焼いている。学級委員長である立場なのはわかるが、あの執着に似た行動は些かおかしい。
同業者による差し金の可能性が出てきた。もしそうだとしたらどこで情報が漏れたのか。このプロジェクトは他より秘匿性が高いというのに。
もう少し泳がせて背後関係を探らねばならない。もし見つけたら、こちらに喧嘩を売ったこと後悔させた後に……潰す。徹底的にだ!
それよりも気になるのが扇木だ。彼女をどのようにするのだろうか。今回は過剰過ぎるほど揶揄い戯れている姿を見るとかなりのお気に入りのようだ。
しかし私は知っている。あれは生粋の研究者だ。興味があるものに関してどこまでも貪欲で己の欲望のためなら手段を選ばないだろう。過去に実験体を何度壊したことか。一緒に責任を取らされる私はたまったものではない。
今回は少なからず私も気に入っている。扇木ではないがあれは実に愉快でおもしろい。壊れないように私も目を光らせておかねばならない。
あいつもたまには役に立たつものだ。彼女、いや当時は彼だな。その彼を見つけて境遇を逆手に取って逃げられない状況を作ったのだから賞賛に値する。巡り合わせといえ、こうもこちら側に有利に事が運んでいる状況は運も味方しているのだろう。
彼女は自らを差し出して私達に幸運を届ける女神だ。
……ベルベット様、深く感謝いたします。
私達が作り出した彼女はまだまだ発展途上の未完成。脆弱を含めた今の彼女も美しいが、私が更に作り上げることで彼女が最高の作品に近づいていく。
あぁ、楽しみでならない。どうか、どうか壊れませんように。
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お読みいただきありがとうございます。いろいろな思惑があるひとつです。まぁ誰なのかわかってると思いますが ( ̄▽ ̄)
沙月ちゃん負けるな!
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