第37話 待ち合わせにて
このあたりで待っていれば大丈夫かな。さすがに集合時間の三十分前は誰も……来てないか。ちょっと早く着きすぎちゃった。
今日は本来引きこもる予定だった土曜日なのだが、私が昨日適当に返事をしてしまったことで予定変更となってしまった。
今は待ち合わせ場所である東口の時計下に到着し、周りをきょろきょろ見渡していた。この付近だけ人口密度が高く普段から待ち合わせ場所に使われている場所なんだなぁってわかる。
なるべく人が少ない場所を選んでぽつんと一人で佇む私に、周囲にいる人がチラチラと見てくるその視線が非常に怖い。なぜかって? そりゃあ女装している変態だからだよ。しかも今日は休日だからいつも着ている制服ではなく私服姿なのだ。
まだ秋に程遠いこの時期は常に暑い。当然私服も薄着にならざるを得えない状況なのが更に恐怖を煽っている。
昨日は帰ってから扇木さんに今日のことを相談したら自信たっぷりに、沙月ちゃんなら大丈夫、いってらっしゃい! と言われた。
はぁ? 何いってんのこの人、状況理解していないじゃん! と思って、女性の私服なんてひとつも持ってないけど。って言ったら、こっちきてと言って通された部屋にはたくさんの衣装が並んであった。
わぁ、衣装がいっぱいあるなんてすごーい! ってちがーう!!
この中から選んでいいわよ。って扇木さん。いやいや、そういう事じゃない!! たしかに私服がないって言ったから服を提供することに間違いはないよ。間違いはないけどさぁ、私は男であって女装しているわけだよ、そこ忘れてないかい? 扇木さんよ。
ほれこれ見てみなよ、サイズはひとまず置いといてこの薄着具合と布面積を。着崩さない制服だったらまだしもこんな服を身につけたら女装スーツ付けてるところ見えて変態がバレるでしょ。今はまだ夏なんだよ? 厚着なんてしたら死んじゃうよ? 理解してる? どぅゆーあんだーすたん?
そして扇木さんの返答は、うちの技術をなめんな! 私の沙月ちゃんは完璧なレディだ! って。
はい、まったくお話になりませんでしたよ。
途方に暮れた私は動悸の報告と合わせて井草さんに相談した。さすがはメンタル担当の井草さん。私の不安をちゃんと理解して対応してくれた。
心配だった夏の薄着を着ることで女性スーツ着用がバレる懸念事項は改良版女性スーツとコーディネートであっさり解決した。
こちらは改良版作ってたこと知らないんですけどね。まぁいつもの事ですけど!
今まで着用していた女性スーツの繋ぎ目が首回りが鎖骨あたりで、腕回りは肩口の制服に合わた仕様だっだ。改良版はこの繋ぎ目を鎖骨から首に、肩口からノースリーブへと変更したものだった。
首まで伸ばしたら余計に目立つんじゃない? って言ったらそこはチョーカーで隠すんだって。あとはワンピースで調えるからノースリーブにして腕を上げ下げしても大丈夫なようにしたって。
半信半疑だった私はとりあえず井草さんのされるがままに着替をさせられ、あっという間に私服スタイルが出来上がった。
ふむ……なるほど。たしかに見えづらいかも。
姿見鏡を前にわちゃわちゃ動いて確認する。
少し動くと腰回りがふわふわするって言ったらベルトを用意してくれた。最後に小物を入れるポーチを肩からかけて最終確認してこのスタイルに決定となった。
井草さんと他のスタッフ(頼りにならない扇木さんを除く)に特に問題ないとお墨付きをもらっても、いざ着替えて出掛けてみると不安でしょうがない。ほら、またチラチラ見てくるし。
さりげなく首のチョーカーに触れて付けているか確認をする。うん、ちゃんとある。
一日中この姿なんだから慣れなきゃ。井草さんも病は気から! って言ってたしね。だから不安も自身の無さも気の持ち方一つで変わるはず。だからポジティブ思考でいこう!
私は立派なレディ、私は立派なレディ、私は立派なレディ、私は立派なレ―――
「沙月さん?」
俯きぶつぶつ自己暗示をかけていた私に声をかける人が現れ、そちらを見る。
「あっ、やっぱり沙月さんだ~、そうかなぁって思って近づいてみたけどあたりだったね! それにしてもだいぶ早いね~」
眼前に小柄な女の子が映る。えーと、たしかこの娘は……森久保さんだっけ?
「おはようございます。まだこちらの移動時間に不慣れなので早めに家をでたらこの時間になっちゃいました。も、森久保さんも早いですね」
「あー、そうだよね、沙月さんってこっちきてまだ間もないから時間配分ミスっちゃったんだね。まぁしゃーなしだよ。私は待ち合わせするときはいつも早く着くようにしてるの。癖のようなもんだから気にしないで。それより! 沙月さんの私服姿もめちゃくちゃ綺麗だね!」
よかったぁ、森久保さんで合ってた。まだ顔と名前が一致していないから間違ってたらどうしようかヒヤヒヤしたよ。森久保さんは早めに待ち合わせに来るタイプのようだけど三十分前はいくらなんでも早すぎじゃないかしら? けど本人が癖のようなものと言っているんだからあまり触れないほうがいいかも。
「ありがとうございます。コーデしてくれた方に言っておきますね」
「えぇ!! コーデしてくれる人いるの? お母さんとかお姉ちゃんとか? もしかしてぇ、メイドだったりする? うちの学校ってけっこうお金持ち多いし!」
いえいえ違います。多額の借金を抱え、どうしようもなくなって女装の高額アルバイトをしている変態債務者ですよ。とは言えない。
「全然お金持ちじゃありませんよ。病弱な私は主治医がいるのですけど、先生がいろいろ面倒見てくれるんです。むしろ病院でお金がかかっちゃって貧乏ですよ」
うそは言っていませんからね。井草さんは私の主治医的な立場だし、稼いだお金は借金返済と弟妹の生活費で消えて実際にお金がない状態ですから。
あー、そうだよね……なんかごめん。って謝られちゃって、ちょっと場の空気が重くなってしまった。これはいかん! とりあえず話題を変えよう。
「えっと、今日集まるのは私達含めて五人でしたよね。普段から集まって出掛けたりしているのですか?」
「んー……みんなってわけじゃないかなぁ。今日はグループが違う人もいるから。でもでも私は桃絵とはよく遊ぶよ」
へぇ、そうなんですね。まだその辺のグループ把握ができていないからね、わたくし。
ちなみに桃絵って誰? 今日来る人なの?
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お読みいただきありがとうございます。
頼りになる井草先生でした。
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