第35話 話はちゃんと聞きましょう

 激おこイケメンこと美里さんのお兄さんの乱入があったけど、その後は気持ちを持ち直した美里さんから昨日の新湖組打ち合わせの詳細を聞いたのだが……あまり覚えていない。頭がいい方ではないと自覚しているけど、あの程度の内容を覚えられないのには訳があった。


 美里さんを励ましたあと突然の動悸にみまわれた私。心臓どっきんどっきん、脈拍ばくばく、さらになぜか顔が熱くなっちゃって会話どころではない状況になってしまったからだ。


 そんな状態が教室に戻るまで続いちゃって、正常にもどったのがいまさっき。


 ところどころ記憶はある。あるのだけれど……記憶が断片すぎて内容がいまいち把握できない。説明してもらったのにもかかわらず内容を覚えていないという私。問題ありありなのだが突然の動悸のほうがもっと問題だ。それがなかったらこんな事になっていないし。


 もしかして常時服用している女体化用のサプリメントが影響したのか? それとも私のメンタルがまた低下している?? 


 むむぅ……これは井草さんに要相談だわ。はぁぁ、また井草さんにお世話になるのかぁ。まいったなぁ。


「―――でね、沙月ちゃんもいいでしょ?」


「えっと、そうですね」


 とっさに返事しちゃったけど……ま、いっか。


 教室に戻った私の周りには、あいかさんや腐女子の佳奈さんたちが集まっておしゃべりしている。いつもいる美里さんの姿が見えないのは用事があるからだろうか。


 女子トークでの私の立ち位置は聞き役となっていることが多く、話を適当に流して別のことを考えていても割と問題ない。へー。そうなんですね。わかります。など適当に相槌をすれば会話が回るポジションなのだ。


 えっ? ちゃんと真面目に話を聞きなさいって? ……だってさぁ、女子の会話って難しいんだよ、男の私では何が正解で間違いなのかさっぱりわからないんだよ。うっかり地雷を踏んだら堪ったもんじゃない。だから敢えての適当なのだよ。


 ほら、さっきの返事も、やったぁ! って喜んでるから全然問題ないってわけ。


 とりあえず思考を戻して、っと。しかしあのどきどき心臓とくらくら頭は何だったんだろうか、今はまったく問題ないというのに。


 あんなに激しく心拍が上がったのは夜のアルバイトをしてたとき以来だよ。あれは初めてヤの付く方に絡まれた時だったなぁ。めっちゃ怖くて心臓が爆発しちゃうんじゃないかってくらいばくばくしたっけ。でも今回は怖い思いなんてまったくしてないんだよね、美里さんとランチしてただけだし。まぁ激おこイケメンの乱入はあったけど。


 なんでなっちゃったのかなぁ。やっぱりサプリメントの影響かなぁ。だとしたら私の身体がおかしなことになってるってこと? って考えたけどすでに女体化してる時点でおかしな身体になってましたね。えぇ、はい、すでに手遅れでしたね。


「―――でいい?」


「ええ、そうですね」


 とりあえず返事をしておく。


 井草さんまた心配するだろうなぁ。井草さんって扇木さんと違ってすごく私のこと見てるんだよね。カウンセラーができる人は観察スキルが必須条件なのかも。なんで変人奇人な扇木さんと一緒に仕事してるんだろう? 観察スキル持ってたら扇木さんのヤバさに気づいてもいいはず。類は友を呼ぶって言うから井草さんもそっちの系の人?? ……いやいやそんなことないない!


「それじゃあ、九時に集合で!」


「はい、九時にしゅうご、ん? 九時?」


「そ、九時だよ! 場所は駅前の時計下ね!」


「……はぃ?」


 いま何て言った? 九時に駅前!? 誰が、何のために?? しかも近いうちに海もいかなきゃね! って聞こえたけど何故に海? やばい! ちゃんと聞かなきゃ!


「ちょ、ちょっと、あいかさん! 私、少し考え事しちゃって聞き逃しちゃってたみたい。だからもう一回言ってもらっていい?」


「うん、いいよ~。明日九時に駅前の時計下に集合だよ! あっ、駅前の時計ってわかる? 東口の改札近くにある独創的なデザインのやつなんだけど」


 東口改札の独創的なデザイン? ってあれか、あのピカソみたいな絵のやつ。あれ時計だったの!? ってそんな時計なんて今はどうでもいい! 明日九時に駅前集合? なんのために??


「あー、えっと、その、明日って土曜日ですよね? なぜ駅前に集合なんです?」


「もう沙月ちゃんったら全然話聞いてないじゃん! いい? 明日は友達の試合があるって話になって、それじゃ応援行こう! って流れになって、試合会場の場所がわからない人がいるから、じゃあ皆んな一緒に行こう! って事になったから皆んなが知ってる駅前に集合でよくない? ってなって、とりあえず九時に集まれば余裕でしょ! ってことになったんだよ」


 おぉぅ、左様でごさいますか。キャンセルは……出来そうにない雰囲気ですね。


「わかったわ。九時に駅前の時計下に……い、いきます」


 せっかくの土曜日なのに……オワタ。


 今後は適当な受け応えは止めようと思う沙月であった。



--------------


お読みいただきありがとうございます。

話を聞かない沙月の自業自得ですね。

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