第34話 激おこイケメンあらわる

「おい、ここで何をしている」


 威圧感ある低い声音が私達に向けられ、ハッと我に返り声の主を見るとそこにはイケメンが男が立っていた。


 スラリとした痩身で私より高いだろう身長。髪型もスッキリした短髪でセンターパートのおでこ見せの爽やか系スタイル。しかも眼鏡付きなので知的感もあって、この人が威圧感のある声を発した人なのか疑いたくなる。


 よく見ると私ではなく美里さんを見てる、というか……睨みつけてるね。眼鏡越しだけど目が吊り上がっているのがわかる。


「もう一度言う。俺の後を尾けてここで何をしている」


 闖入してきた激おこイケメンは美里さんに再度問いかけた。


 私と重なっていた美里さんの手がすぅーっと離れたので美里さんを見たら先程まで赤みがかった顔が見る見るうちに蒼白に変わっていく。


「あ、あの、兄さん、こ、これは、ちが――」


「言い訳をするのか? こんな場所にまで顔を出してまでしがみついてるお前は醜態を晒してると思わないのか? 何をしても結果は変わらない、おまえは不要だ。これ以上付き纏うなら……容赦しない」


 ぐっと肩が小さくなって首を垂れる美里さん。少し震えているのはクーラーが効きすぎているから……って事にならないよね。


 とりあえずこの激おこイケメンは美里さんのお兄さんのようだ。会話から推測するとケンカ中だね。他人のお家事情に口を挟むのは気が引けるけど、誤解は解いておいた方がいいよね。


「ここにいるのは私とランチをするためですよ」


 状況を整理しつつ敢えて口を挟むと流し目で私を見る激おこイケメン。


「今日は美里さんがお弁当を持ってきたので一緒に食べようって話になって。静かな場所がいいって事になったから、この講堂のラウンジにしたんです」


「……ほんとうか?」


 じろりとこちらを見る激おこイケメン。


「私があなたに嘘をつく理由がありませんよ。本当にたまたまここでお弁当を食べてただけです」


 真偽を確かめているのだろう、しばし見つめ合う私と激おこイケメン。美里さんに続きまた見つめ合うことになっちゃったよ。いや、見つめ合うというより睨まれてるって言ったほうが今は合ってるか。


 あちら側が一方的に勘違いして怒っているだけで私達には一切の非がないのは事実だから睨まれてもへっちゃらだけどね。


 それにここは誰でも利用できるオープンラウンジなのだから仮に待ち伏せたとしても咎められるのはお門違いと言うもんだよ。


「……ふん、今はそれで納得しておこう。美里、俺に近づくな。次は無いと肝に命じろ」


 美里さんの肩がびくっとしてからか細い声ではい。って応えた。


 その声が届いたかわからないけど激おこイケメンお兄さんは私達から離れていった。


 そして気まずい雰囲気が流れる。


 ど、どうしよう。他人のお家事情なだけに、どうしたの? なんて気軽に聞けない。それに俺に近づくな。なんで強い言葉で美里さんを拒絶してるし……かなり拗れた兄妹ケンカだよ、これは。


「庇ってくれてありがとう」


 どう声を掛けようか悩んでいたら美里さんが口を開いた。


「あの人は私の兄なの。昔はやさしくて頼りになる兄だったけれど……今は見たとおりの関係なの」


 俯きながら必死に声を絞り出す美里さん。


「……なかなか思い通りいかないものね。私が手を伸ばせば振り払われ遠ざかっていく。追いつこうと必死に努力をしてるのに……」


 抽象的でわかりにくいがおそらく兄妹の距離感の話なのだろう。私はこういう時にかける言葉を持ち合わせていない。でも……弟妹がいる兄としての"俺"なら少しは話せるかも。


「美里さん、私に妹がいるのはさっき話しましたよね。これは私だけ極端な想いかもしれないですけど、私は妹のためなら自分を犠牲にする覚悟があります。あっ、べつにシスコンとかじゃないですからね、弟も同じように想ってますので一応誤解の無いように言っておきます。まぁ何が言いたいかというとですね、世の中の兄は妹が大好きなんですよ。だから今の関係は兄として本心では望んでいないと思うんです。だから大丈夫です」


 ひとつ屋根の下に住んでるんだからいつも兄妹仲良くなんてできっこない。性別が違えば感性が違って当然だ。それに年齢が加わればお互いの意見が食い違うのは当たりまえだからね。


 "俺"の弟妹の文月と睦月。自分とは歳が離れているからあまりケンカとかはしないけど、文月と睦月は二歳差だから頻繁にケンカや言い争いをしている。補足として幼い故に可愛らしい内容とだけ付け加えておく。


 どう説明したらいいか言葉にするには難しいけど大丈夫だと言い切れる自分がいる。根拠は? って聞かれると困るけど。


「そう、だといいわね。……うん、そう考えるのも悪くないわ」


 まだ顔色が戻ってない美里さんだけど先程まで怯えていた表情が少し和らいだように見える。


「そうですよ。妹が大好きな私が言ってるんですから信用できる言葉ですよ」


 私は椅子から立ち上がって美里さんに近づき、先ほどのお返しとばかりに両手で美里さんの手をとる。


 突然のことだったからか、美里さんが驚いた顔でこちらを見てくる。つい先ほどの違う表情にギャップを感じちゃって不謹慎だとわかってるけど、うふふっ。って笑っちゃった。


 ぽかんとした表情になった美里さんを見て、しまったぁぁ、またやらかした! って思ったけど、美里さんもつられて笑い出した。ひとまずセーフ!


 うふふ、あははと少しの間二人で笑い合う。


「ふぅー、やっぱり沙月さんはユーモアがあって面白いわ。もう大丈夫だから心配いらないわ。ありがとう」


 これは素直に褒め言葉として受け取っていいのよね!?


「はぁ〜、みっともない姿みせちゃったわ。このことはクラスのみんなにはナイショね」


 はにかんだ笑顔が妙に胸に突き刺ささり、私を見つめるメガネ越しの瞳がとても綺麗に映る。


 心臓の鼓動がうるさくなる私だった。



--------------


周囲がどう思ってるかはさておき、片方の中身は男なので百合ではないのですよ。

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