第29話 コーヒーカップ

 ロリな女の子に手を引かれる私。これはいかん。このまま流されて拉致られてはまた面倒な事になる。何か脱出方法を探さなければ。


 ……はっ、そうだ! あの手を使おう。


「ちょっと待ってもらっていいですか?」


「なに?」


 ロリな女の子、ええい面倒だ、ロリ子でいこう。ロリ子が足を止めてくれた。チャンス!


「お手洗い行きたいです」


「ん。わかった。私も一緒にいく」


 おぉのぉぉおぉ! 女子は一緒にトイレにいく文化があったこと失念してたぁぁぁ!


 トイレはこっち。ってまた歩きだすロリ子。


 あーだめだなこれは。私はこの状況を覆す頭脳を持ち合わせていない。


 これ詰んだわ……素直に諦めよう。


 先ほどまでいた新湖先輩の部屋を通過し、ロリ子が顔を出していた部屋も通り過ぎ、フロアの中央くらいの位置まで歩いたところで目的地であるトイレに到着した。


「ここがトイレ。入るわよ」


 何の障害もなくトイレに着いてしまった。そりゃあトイレなんてありふれた設備だし障害がある筈がない。はぁ。とりあえず個室に入るか。


 ロリ子に手を引かれたまま女子トイレに入り、個室へと入る。ロリ子も個室に入ったようでバタンと扉を閉める音が聞こえた。


 はぁ、どうしようか。尿意はないからしばらくしたら出るか。……はぁ。なんだかため息が癖になりつつあるなぁ。


 ロリ子に握られていた手を見る。ずっと手を握られていたのは私を逃がさないためだろうか、もしくは違う感情があったりして……なんてね。


 ん? ちょっと待て。さっきロリ子は個室に入ったよね。ってことは……。


 そーっと個室の扉をあける。


 よし! 今だ!!


 私は無言あんど音を立てず、かつ迅速にトイレを出る。そして可能な限り早足で歩き、なんと部室棟を出ることに成功したのだ。


 やった! やったよ扇木さん。あなたの淑女教育にあった可憐走りが役に立ったよ!


 ごめんなさいね、名も知らないロリ子よ。あなたが悪いんだ、こちらの都合を聞かないで一方的な拉致はゆるされないのだよ。そんなことでは大きくなれないよ! ふふん!


 危機を回避した私は自分の教室へ戻り、手早く帰り支度を済ませて無事に下校できた。


 余談ではあるが部室棟から教室までの間で迷子になったのだが、その道中でフラグを複数立てたことを本人はまだ知らない。


 ※※※


 下宿先のマンションに帰ってきた私はリビングで寛いでいると扇木さんが帰ってきた。


「やぁやぁ沙月ちゃん。ソファに座る姿もきれいだねぇ」


「開口一番それですか。帰ってきたらまずは"ただいま"でしよ、まったく」


 あぁそうだねそうだね、ただいま。って扇木さんが言ったので、おかえり。って返答する。


 扇木さんのふざけた言動にそれなりに耐性がついた私はちょっとした悪ノリはあまり考えない事にしている。


「井草くんから聞いたよー。早速保健室行ったのねぇ」


「ま、まぁ、そうです……ね」


 即行でバレてる。井草さんはまだ学校で仕事してるはずなのに。恐るべし扇木ネットワーク。


「井草くんったら帰ったら沙月ちゃんとよく話しをしなきゃ! って息巻いてたわよ」


 ま、まじですか。いやだってしょうがないじゃん。今日でまだ登校二日目だよ? 不安になって当たり前でしょ!


 ……ってこんな事思ってるから井草さんが不安になるのか。


「ま、まぁ、井草さんの件はわかりましたよ。こっちも今日一日で色々あったから報告したいんですけど、先に着替えてからでいいですよ」


 あら、そう? それじゃあ着替えてくるわね。って言って自室に入っていく。外出していた扇木さんの服装はキャリアウーマン風の夜のお姉さんスタイルだ。その姿のまま対面のソファに座られたら目のやり場に困るし、そんな私を見てニヤけながら揶揄ってくるから、さっさと着替えさせた方が心の安寧につながる。


 私は立ち上がるとキッキンへと行きコーヒーメーカーを起動してコーヒーを淹れる。


 おっと、これは扇木さんに対して優しさを発揮しての行動ではない。寧ろ自分のためだ。私が淹れなくても扇木さん自らコーヒーを淹れるのだが、その時必ず私の分まで淹れてくれる。


 まぁこの行為自体は全く問題ない。むしろ優しい行為だ。問題があるのはコーヒーを淹れるカップなのだ。自分はお洒落なティーカップに淹れるのに、私には可愛いくまさんのマグカップや猫ちゃん、うさぎちゃんとか愛らしいイラストが入っているカップに淹れやがる。


 何度言っても聞き入れてもらえないから、自分で淹れられるタイミングがあれば迷わず行動しているってわけ。


 無難なカップにコーヒーを淹れ、扇木さんのティーカップにも注いだたらリビングにあるソファの机に持って行きセット完了。あとは扇木さんを待つだけだ。


 しばらくすると、いつもの白衣姿の扇木さんが現れる。


「コーヒーのいい香りがするわね」


 リビングに来てすぐにコーヒーに気づき私の対面のソファに座る。


「あらっ、沙月ちゃんいつものカップじゃないわね、間違えるなんてドジっ子属性も習得したのかしら?」


「なんですかドジっ子属性って。はぁ、何度でも言いますけど私は男ですので。可愛いものを身につけたり使ったりする趣味ありませんから」


「もう、沙月ちゃんの姿でそんな事言わないの! 私達の沙月ちゃんには可愛い物が似合うのよ」


 可愛い物が似合ってるって言ってるの扇木さんと他数名だから。その他のスタッフの人達は言ってないから!


「警察の取り調べみたいに毎回毎回同じようなやり取りして飽きないんですか? 何度言われても私は同じ返答しかしませんから」


「あららぁ〜、警察にお世話になった事があるような例え方するねぇ。私は研究者だから繰り返し作業は得意なのよ」


 セクシーに足を組み替えニヤニヤしなが言い放つ扇木さん。


 ぐぬぬ。謎の余裕の態度が腹立つ! しかもチラッと見せるあの組み替え、絶対狙った行為だ。ちくしょー反応しちゃうじゃねぇか!


 白衣の下は膝上のタイトスカートが標準装備なわけで、足を組み替えると角度によっては見えてしまうのだ。


「扇木さん、見せるような動きしないでもらえます? 私、男なんですよ」


「沙月ちゃんは美人な女の子なのに同性に興奮するのかしら? あらあら、沙月ちゃんってばかわいいわね」


 私を煽るように再度足を組み直す扇木さんのニヤつき顔がうざい。


 毎度の事ながら戯れあう私たちだった。



--------------


最後までお読みいただきありがとうございます。

沙月がかわいくて仕方ない扇木さんです。

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