第28話 視線
「どうかした?」
伊勢先輩が一向に帰らない私に気づいて声をかけてきた。
んー、どうしよう。美里さんの善意からくる行動だから素直に説明していいのかなぁ。でもそれで美里さんが残ることになったら嫌だ。私としてはこのまま一緒に帰ってくれたほうがいいのだけれど……なんか無理っぽい雰囲気なんだよねぇ。
もじもじしていた私にしびれを切らしたのか美里さんが話し始める。
「私がここに残って打ち合わせに参加すると沙月さんに話していたのです。沙月さんはつい数日前まで自宅療養していて昨日から復学したばかりです。まだ環境にも慣れない学園生活で今朝も保健室に立ち寄ったくらい病弱なんです。そんな沙月さんが芸能科が企画する催しに対策も何もせずに参加すればどうなるかなんて簡単に想像できます。伊勢先輩ならわかりますよね? 過密スケジュールの意味を」
美里さんめっちゃいい人や。
「あ、そういうことなのね。あーうん。そうか……」
伊勢先輩も美里さんの迫力がに押されたのか頭をぽりぽりかきながら思案顔になった。しばらく考えたあと、ちょっと待ってて。って言って奥にいる新湖組の方へ歩いていく。
美里さんに何か言わなければと思うけど、言葉が出ず二人無言で待つことしばし。新湖先輩を連れて伊勢先輩が戻ってきた。
「伊勢から聞いたよ。長瀬さんを俺たちの打ち合わせに参加させたいんだってね。本来は部外者の参加はお断りなんだけど、沙月さんの事情を汲んで今回限り特別に参加を認めるよ」
んー、やっぱりこうなったか。美里さんを見ると目を輝かせて、まかせて! と言ってきた。
美里さんとしばらく見つめ合った後、私は無言で頷く。
……はぁ、無理だ。これはずるい。
「沙月さん、ありがとう。では参加させてもらいます」
私は、お願いします。って言って頭を下げると、新湖先輩が、了解! じゃ長瀬さんはあっちね。って言って美里さんを連れていく。伊勢先輩もその後に続いたので、一人になった私は扉に手をかけて廊下に出た。
なんか流されてるなぁ。これはまずい流れだよ。はっきり言えない自分が情けない。……はぁ、帰ろ。
太陽が西に傾きはじめた廊下をしょんぼり歩いていると、ふと視線を感じ、ゆっくり振り向く。
……誰もいない。気のせいか。
そしてまた私は歩きだす。のだが、やっぱり背中に視線を感じる。今度は勢いよく振り返る。
あっ、いた!
さっき出てきた新湖先輩達の部屋のさらに先にある部屋の扉から顔だけ出して覗いている人を発見した。
私が振り返ったら慌てて引っ込めたようけど私の視界に間違いなく映りましたよ。
私は無言で引っ込んだ先をじっと見つめていたら、すぅっとまた顔が現れた。
……。
……。
こわっ! なにあの人。器用に顔だけ出して無表情でこっち見てる! 生首みたいだわ!
背筋にゾクゾクと悪寒が走り、私の危機センサーが瞬時に反応する。
やばい、また厄介ごとの予感がする! に、逃げなきゃ!
私はすぐさま反転し早足で歩きだす。
やばいやばい、あんなのに関わったら碌でもないことになるのは間違いない! 新湖先輩でもうお腹いっぱいなんだから、これ以上無理むり! はっ、そういえばここは芸能科フロアって美里さんが言ってたような。……とするとあの人も芸能絡みなのか!? ますますやばいじゃん!!
さらに足を早める私。
「ねぇ、まって」
聞こえない聞こえない、これは……そう空耳だ。
「ねぇねぇ、まってってば」
右肩に触れる感触でビクッとなって足が止まる。恐る恐る右肩を見ると手が置かれていた。あぁ呼び止められたんだな、ってすぐ理解した。わぁ、小さくてきれいな手だぁ。なんて思ったのは内緒だ。
私は身体ごと振り向く。これで三度目になる振り向いた先にいたのは果たして無言で見ていた人だった。
目の前にいる人を見る。黒髪セミロングの小柄な少女。小学生かな? ってくらい幼い顔と慎ましいお胸。制服を着ているから生徒のようだ。しかし無表情の顔が違和感ハンパない。
しかしここでロリ枠かぁ、ランドセル背負ってたら小学生じゃん。三つ編みも似合うかも。
「ねぇ、変な事考えてない?」
「べ、別に変なこと考えていませんよ」
やばっ、この娘勘がいい! それとも顔に出ちゃってたのか!? いやいや、扇木さん監修のポーカーフェイスは伊達じゃないはず!
とりあえず笑顔で誤魔化す。
「まぁいいわ。あなは名前は?」
「……東雲沙月と言います」
「そ。ついてきて」
無表情のロリな女の子は私の手をとり歩きだす。
ちょ、ちょっとまてまて。何だよこの展開! また戻るの? いやだ、もう帰らせて〜。
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お読みいただきありがとうございます。
実は沙月が芸能科フロアに入ってすぐこの子にロックオンされてました。
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