第27話 新湖組

 伊勢先輩に呼ばれてパーテーションの奥から出てきた三人の姿が視界に入る。女の子二人の後ろから男の子が歩いてくる。


「すごいね! あらちゃんが押すだけあるよ」


「……きれい」


 二人の女の子が私達に近づき口を開いた。


「それな! こうして直に見ると素材の良さに震えちゃったよ。映像担当としては素材を霞ませないように練り直しが必要になったけど」


「伊勢っちの腕の見せどころだね。やり甲斐があっていいじゃん。おかじも手伝うって言ってるし、ねっ、おーかじ」


 おかじと呼ばれた女子の肩に腕をのせ、いわゆる肩を組んで戯れる女子。


「あのー、別に手伝うのはいいですけど無茶振りは嫌ですからね。この様子だと榎本先輩も宇部先輩も手直しがありそうですから伊勢先輩にかかりっきりなんて出来ませんから」


 まぁそうなるか。と伊勢先輩が二人に返答し、こちらを見る。


「東雲さん、うちのメンバーを紹介するね。こっちにいるのが榎本さん」


榎本遥香えのもとはるかでーす。大道具担当で三年生だよ。よろしくね!」


 肩組みを解いて胸の前でこちらに手を振る榎本さんは、短髪ですこし着崩した制服から小麦色の肌を覗かせているボーイッシュ溢れる容姿だ。


「でその隣にいるのがおかじ」


「新湖組のアシスタントを担当している岡治おかじ奈々ななです。一年生です」


 腰を折った深いお辞儀をした岡治さんは肩にかからないミディアムパーマヘアで榎本先輩と比べると身長がすこし低い女の子。なんとなく真面目っぽい印象を受ける。


「そしてその後ろに隠れるように存在を消しているのが宇部先輩」


「う、宇部…す。……を…当して……年生」


 声が小さくて途切れ途切れで何言ってるかわからないけど、二年の伊勢先輩が宇部って言ってるから三年生なのだろう。黒縁メガネが被さるくらい長い前髪で猫背姿を見ると陰に近しいキャラなのかもしれない。


「宇部先輩はちょっとばかし人見知りが激しいけど、編集テクニックはマジ神だから」


 なるほど、声が小さすぎて聞き取れなかったけど宇部先輩は編集担当なのか。


「榎本先輩、宇部先輩、岡治、俺、そして新湖の五人で組んでるってわけ。俺たち"新湖組"で活動してるんだ」


 新湖組って安直すぎじゃない? まったくひねりもないし、ってそんな事考えてる場合じゃない。私も自己紹介しなくちゃ。


 舞台から降りた私は三人に向かってここ最近で慣れた自己紹介をしてぺこりとお辞儀をする。私の後に続いて美里さんも自己紹介を行い、この場にいる全員の紹介が終わった。


「と言うわけで文化祭上映に向けてこのメンバーが主体となるからよろしく!」


 新湖先輩が話の輪に加わり会話に混ざってきた。


「おっ、クールダウンできたようだな。今日は俺達の確認の意味合いが強いから諸々の打ち合わせは明日以降でいいよな?」


 伊勢先輩が新湖先輩へ話を振ると、えっ? 明日から撮影するよ。と真顔で言ってきた。


「はぁぁ、俺らまだ修正した台本見てねぇから明日って言われても流石に無理だわ。まず新湖組で打ち合わせした後じゃなきゃ東雲さんに回せんだろうが。まだクールダウンが足りねぇようだな」


 映画撮影なんてした事ないけど、事前打ち合わせも台本もない状態ですぐ撮影なんて出来ないことぐらい素人でもわかる。段取り八割って言葉があるくらいなんだから、そこをおざなりにするのはどうかと思うよ、新湖先輩。


 でも、だって。って新湖先輩が言うのを伊勢先輩が器用にいなす。


「まぁ文化祭まで日数がないのは事実だ。だけど焦ってミスでもしたらそれこそ間に合わなくなるぞ。だから焦らず確実にいこうぜ。んで撮影日は明日以降あらためるとして、今日の顔合わせも無事に済んだことだし東雲さんはこの辺でいいんじゃない?」


 私の仕事がヤバくなる前に早速打ち合わせしましょう。って岡治さんが言うと、そうだねー、あらちゃんがいい感じにノってる今がチャンスだね。って榎本先輩も同意したことで、この後に新湖組ミーティングが開催されるようだ。


 やった! やっと解放される。新湖先輩の奇行がいまいち掴めない私はさっさと退散したい。


「では私はこれで失礼しますね。何かあれば連絡ください」


 一礼してそそくさと部屋から出ようと扉に手をかけた瞬間に声がかかる。


「沙月さん、今後のために私もここに残って話を聞いていくわ」


 突然の美里さんの言葉にびっくりする。驚いた顔をした私を見た美里さんは説明するように言葉を続ける。


「予想するに文化祭に間に合わせるためには過度なスケジュールになると思うの。虚弱な沙月さんに無理はさせられないから私が内容を把握してスケジュールを管理すれば上手くいくのではないかしら」


 あ、いや、そこまでしてもらうのは罪悪感が半端ないです。今でも私なんかのために時間を割いているのにそんな事したらもっと多くの時間が無駄になっちゃう。それに虚弱じゃないし。


「そ、そこまでしてもらうわけにはいきません。大丈夫なん―――」


「問題ないわ。私は学級委員長ですもの。クラスの生徒一人見れないでどうするの。……私じゃ不満?」


 いや、不満とかじゃなくて、美里さんの時間を奪うことに抵抗があるんだけど……私の会話を遮ってまで通そうとしてきた好意をどうするのが正解なの?


 私が返答に困っていると、伊勢先輩が異変に気づいたのか近寄ってきた。



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お読みいただきありがとうございます。

のんびり更新となりますが今後もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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