第3話 憎めない顔の人

中庭に誰もいないことを確認して、ようやく一息つく。

やっぱり、いつ身分がバレるんじゃないかと思うと、ずっと緊張が解けず、気疲れしてしまう。



「あなたも抜け出ていらしたんですか?」



突然後ろから声をかけられ振り向くと、2人の男性が立っていた。

声をかけてきたのは、背の低い、金髪で青い目の、ややぽっちゃりとした、丸い目の男だった。その服装から、高貴な人だと一目でわかる。

もうひとりは、スラリと背が高く、綺麗な黒髪にグレーの切長の目、鼻筋の通った美しい顔立ちの男で、声をかけてきた男の少し後ろに立っていた。服装から見て、声をかけてきた男の従者と思われる。


「あまりにも人が多いので、少し外の風に当たりたくなってしまって」


もっともらしい嘘をついた。


「私もなんです」


ぽっちゃりとした男がにっこりと笑った。

それでわたしも思わず微笑み返した。


なんとも憎めない顔の人だ。どこか懐かしいような気がするのは、昔家にいたペットの犬に似ているからかもしれない。


「あなたは、エルランドのお妃選びに参加されないのですか?」

「え? あ、はい」

「エルランドに興味がないのですか?」

「そう……です……」

「ではなぜ舞踏会にいらっしゃったんでしょう?」


やけに食い下がってくる。


「今日は、『友人』の付き添いで来ただけなので。それに、どんな人かもわからない人と結婚だなんて考えられません」

「正直な方ですね」


ぽっちゃりとした男が面白そうに笑った。


人が良さそうな人だけれど、さっきからエルランド王子を呼び捨てにしている。


「あの……」

「何でしょう?」

「こんなことを申し上げる失礼をお許しください。先ほどから、エルランド王子のことを呼び捨てにされていらっしゃいますが、このような場で、隣国の王子をそのようにお呼びになられているのが誰かの耳に入ってしまったら、お立場が悪くなってしまわれます」


それを聞いて、ぽっちゃりとした男とその従者は顔を見合わせて、意味深な笑みを見せた。


「既に、あなたの耳に入ってしまったようですが、どうしましょうか?」

「それは、お気になさらないでください。わたしは、ここにいますが、ここにいないような者ですから」


そんな詩人みたいなことを言って、その場を取り繕った。

既に頭の中は、どうやってこの場から逃げ出そうか、そのことでいっぱいだった。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」


ぽっちゃりとした男が言った。


どんどん困ったことになってきている。

本来ならばここにいることは許されていない身分だ。

本当の名を名乗れば、自分の素性がバレてしまうかもしれない。それにミラベルにも迷惑がかかる。

かと言って、嘘をつくのも得策とは思えない。


「先ほど申し上げたように、わたしはここにはいない者です。名前などお聞きにならず、お忘れください」


何とかこの場を逃げ切ろうと苦し紛れに言った。

それを聞いて、初めて後ろに控えていた従者の男が言葉を発した。


「ここにいるのが、オルグレン王国第一王子エルランドと申し上げてもですか?」

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