第133話 素顔のままで②
私は店を出ると、恐る恐る振り返り、パネルを見る人達の目を見た。
パネルを見る人の表情は、人それぞれに微妙に表情が違っていた。
憧れの眼差し。
幸せそうな顔。
恍惚な表情。
愛しみ。
色々伺える表情だが、共通している事があった。
——— 皆、笑顔だ。
純粋に笑顔だ。
私は初めて『私を見る人を客観的に見る』事が出来た。
今まで私を見ていた人の視線は、こういう視線だったのだ。
私に向けられていた視線は、温かい視線だった。
私を襲うとか妬むとか羨むとか、負の感情なんて一つも無かった。
私は今まで何に怯えていた?
あの時、中学校の教室で話していた子達の言葉で、全ての人がそんな目で見ていると感じ始め、そして勝手に妄想膨らませて決めつけていたけど。実は怖がる事なんて最初から無かったのだ。
——— 私が此処で素顔を晒したら、皆もっと笑顔になるのかな?
私は単純に『皆の笑顔が見たい』。そう思った。
※ ※ ※
翠と並んでパネルを眺める。凄く綺麗だ。
俺は初めて翠の素顔を見た時のように、パネルの翠から目が離せないでいた。
翠は客の方を向いていた。それに気付き、俺も客に目を向けると、客の視線はパネルの翠に視線が集中していた。勿論、俺にも集中している。
——— 見られているのに見られていない。
不思議な感覚を覚える。なんだこれ?
すると翠から思いもよらない言葉が出た。
「宗介……なんか、皆の前に素顔のまま立ってみたい……ダメかな?」
翠の視線はパネルを見る客に向いている。客の恍惚な表情を見た翠の表情は、恍惚な表情をしている。
「大丈夫か?」
「うん。なんか今迄、視線の裏側にあるマイナスな感情が怖かったんだけど……皆が私のパネルを見る表情に、その……マイナスな感情って感じる?」
俺は翠の言葉のまま、客の視線の裏側にある負の感情を探ってみたが……。
「無いな……うん、確かに無い。皆このパネルを純粋に好ましい目でしか見てないな」
「でね、このパネルの人物が目の前に現れたら、皆もっと笑顔になるのかな? って思ったら、皆の前に立ちたいなって」
なんか、前向きだ。今迄に無い程前向きだ。
今が押し時な気がする。明日じゃダメだ。午後でもダメだ。
今だ。今しか無い。こんな機会は二度と来ない。
医者の確認は必要だが、そんな猶予は無い。
ただ、何かがあってからでは遅い。
俺はなんとなく『医者の娘』ってだけで江藤さんに聞いてみた。
「江藤さんはどう思う?」
俺の質問に彼女は考える事なくあっさり答えてくれた。
「いいんじゃ無い? こういう病気って反動も凄いから、今まで下に沈んだ分、何かのキッカケで上に一気に上がっちゃうから、この機を逃す手は無いと思うよ。それに発作起きても死ぬわけじゃ無いでしょ?」
「分かった。店長に相談してみよう」
このまま顔を晒してもいいと思ったが、予期せぬトラブルも考えられる。
念の為、店長に相談した。
※ ※ ※
事務室に戻ると、店長は店内に流れるBGMに体を揺らして事務処理をしていた。
「店長、ちょっといいですか?」
「あら、外は見てきたようね。どうだった?」
「凄いですね。自分じゃ無いみたいでしたよ」
「でしょ? なんか不思議な感じよね」
「で、お願いなんですけど……」
「あら、お願いなんてどうしたの?」
「その……翠が皆の……客の前に立ってみたいって言うですけど……大丈夫ですか?」
「アッラー♪ それやっちゃう?」
「翠がこんなに前向きなのも珍しいですし……あと、多分、明日じゃダメだと思うんです」
「確かに勢いとタイミングは今って感じね。出てもらうのは大丈夫よ。じゃあ、二人で服着て化粧して出て貰いましょう。真壁君は今回は撮影じゃ無いからお化粧はいいわ。って言うか、お化粧すると、その辺の子より綺麗になっちゃうからね」
その言葉に江藤さんが頷いている。
「じゃあ、好きな服選んで。それが今回のギャラって事で」
「ありがとう御座います」
俺と翠は服を選びに店内を歩いた。
「真壁君、これってバイトになんない?」
「なるな」
「学校にバレたらやばいでしょ?」
「大丈夫。俺と翠、一日程度のバイトであればOKって、既に教頭に許可貰ってる」
「マジで?」
「多分、江藤さんも深川さんも成績いいから言えば許可貰えるぞ」
「そうなの?」
「連日だったり週一とかだと要相談だってさ」
「いい事聞いた……って言ってもバイトする予定も願望も無いんだけどね」
俺と翠はそれぞれに服を選んで試着室へ入った。
選んだ服は、これからに事も考えてシミラールックにしてみた。
「うん、なんかカップルっぽくていいんじゃ無い?」
「いやいや、『ぽい』じゃなくて、カップルだから」
江藤さんの評価もいい。
そして今日の翠はメガネをかけているので、メガネ有りで出る事にした。今の翠は土日のお洒落メガネ装着はデフォになってる。いい♪
俺の準備は十分足らずだ。着替えて髪型を決めれば終わりだ。誰も俺に手を掛けてくれないのは寂しいが、男の準備なんてそんなもんだ。俺はコーヒー(激甘)を飲んで翠の仕上がりを待っている。
江藤さんは翠に付きっきりだ。仕上がっていく様が楽しいようで、感激の声を上げ続けている。
——— 三十分程経ち、翠の準備も終わった。
翠は俺の前に立つ。
撮影の時ほどの仕上がりにはなっていないが、それでも十分過ぎる程人を魅了する容姿に仕上がった。
江藤さんは写真を撮りまくっている。
あとは店長のゴーサイン待ちだ。
「それじゃあ、出入り口に立ったら、お客様に向かって手を振るだけでいいから。あと、少しだけポーズっぽいの決めて。撮影した時のようなメリハリあるポーズはいいから」
「分かりました」
「それじゃあ行きましょう!」
——— 俺達は翠を先頭に事務室を出た。
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