第121話 モデルになろう②

 今は六月だが、冬物まで置いてあった。

 そこにいたスタイリストは俺の顔を見て、再び見惚れたが、すぐ立て直したようだ。


「うわー、アレの更に上が在るって……今日この場にいるスタッフ、多分、これ以上の素材……撮影に関わる事もうないわ」

「へへーほめてぇー。何とか仕上げたよ。完成品に手を加えるって怖いね。正直、一生忘れられない仕事ナンバーワン……いや、殿堂入りしたなもう」

「ははは、確かに。殿堂入りだ」


 さっきから褒められまくっててどうにも居心地が悪い。

 俺は準備された服を一通り見た。


「もう、冬物準備されてるんですね?」

「勿論よ。因みにこっちに有る夏物は来年のモデルね」

「え? 今年のじゃなくて? 早いですね」

「普通よ。分かりやすいのは、プロのスポーツ選手とかが使ってる道具ね。あれは翌年発売する物だったりするの」

「なんか凄いですね」

「沢山作るんですもの、今から製造しないと来年の分は間に合わないわ」


 そういう話を聞くと、なんか時代の先端にいる気分だ。


「今日着てもらう服は、今年の秋、売り出す物から始まって、来年夏までのモデルね。各シーズン毎に二着ずつ着てもらうから宜しくね。結構体力使うわよ」

「分かりました。体力ならそこそこ自信はあります」

「若さは武器ね……あ、トップスのインナーは脱いでね。」

「はい」



 ※  ※  ※



 俺はパーテーションで仕切られただけの部屋で着替え、そしてスタッフに声を掛けた。


「着替え終わりました」


 スタッフが室内に入って来た。

 スタッフは細かいところを着付け直し、そして撮影スタジオへ案内された。スタジオには店長含め、五名程がスタンバイしていた。

 俺が顔を出すと、

 

「……………………」


 今度は店長も惚けてた。


「宜しくお願いします。」


 俺が挨拶してやっと皆、我に返った。我に返ると早速撮影に入った。


「最初はポーズ取れないと思うから、慣れるまで彼のポーズを鏡合わせで真似してくれればいいから。慣れて来たら自分で適当にポーズ取って」


「分かりました」


 俺は目の前でポーズをとるスタッフの真似をしてポーズをとる。ポーズは完璧に真似る必要は無い。それっぽい雰囲気が出ればOKだ。

 何枚か取ると、着崩れた服の直しと画像をチェックする。照明の位置を変更してまた撮影をする。その繰り返しだ。

 一着にかかる時間は着替えを含めて大体三十分だ。


 ——— 俺が一着目の撮影が終わる頃、一人の『存在』がスタジオに入ってきたのだが……。

 その『存在』が入ってきた瞬間、俺は明らかに幻覚を見た。

 彼女の周りに柔らかい光にようなエフェクトが見えた。それと同時にスタジオ内が花畑のような色彩に包まれたような空気を感じた。

 

 ——— 妖精…………。


 その姿に儚さを覚え、思わず掴まえてしまいたくなる衝動に駆られるが、触れた瞬間消えてしまうと理解できる、儚い存在に感じられた。


 この場にいる者、全員が目の前の『存在』に見惚れた。

 この場は完全にその目の前の『存在』に支配された。


「宜しくお願いします」


 目の前の『存在』が頭を下げて挨拶をすると、皆、我に返った。

 目の前の『存在』は翠だった。

 翠が着ている服は特別な物ではなく、一般的なオシャレな服。要は売り物だ。

 ただ、髪型と化粧がいつもと違う。


 髪型は普段のサラサラヘアーのままなのだが、左の耳に髪をかけ、飾りがシンプルなバレッタで止めている。非常にシンプルなのだが、そのシンプルさが翠独特の髪の艶を引き立てている。

 そして驚くのはメークだ。

 今まで翠が化粧を施したところを見た事がない。俺は翠の化粧をした顔に言葉を失うしか無かった。

 今の翠のメイクは、目尻に赤いシャドウが入り、薄っすらチークが差してある。

 リップもマットグラデと言うのか、輪郭をぼかした仕上がりになっている。

 

 スタジオに入った翠はキョロキョロしていた。どうやら俺を探していたようだ。俺を見つけると、真っ直ぐ俺の元へ来た。

 そして俺の前の立つと、俺の顔を見て暫く惚けた。


「…………宗介凄い……綺麗…………」


 翠は俺の顔を見て呟く。

 俺も目の前に立つ翠を見て惚けた。俺を見上げる翠の顔は上目遣いだ。

 化粧を施され、ただでさえ可愛い顔が更に可愛く見える。俺は目の前の存在が何なのか分からなくなっていた。


「宗介どうした? 大丈夫か?」


 翠は首を傾げて俺を見る。


 ——— 参った……想像して欲しい。可愛い子が上目遣いでキョトンとした表情で首を傾げる……もう爆ぜるしか無い!


「えへへ……初めてしっかりメイクしちゃったよ。どう? 綺麗?」


 翠は屈託の無い笑顔で俺の微笑みかける、辞めてくれ! 俺は何度爆ぜればいい? もう、可愛過ぎてまともに顔が見れない。

 しかし、彼女に「綺麗?」なんて聞かれたら、答えないわけには行かない。

 俺は意を決して彼女の目を見て一言言った。


「綺麗だよ」


 ——— カーッ! 今の一言言うために、俺は何秒彼女の顔を見ていた? 俺はその数秒の間に何回爆ぜた?

 極め付けは、俺の一言で更に屈託ない笑顔なった翠の破壊力だ。


 ——— 正直俺は彼女の彼氏でいる自信を失い始めていた。



 ※  ※  ※



 俺はこの業界に入って何年カメラを覗いて来たのか……今迄色んな被写体を撮ってきた。

 風景や動植物、そして現在、モデル誌を飾る写真家に落ち着いた。

 奇跡的な一枚なんて物は腐るほど撮ってきた俺だが、今、目の前に二人の美を超越した存在が向き合って言葉を交わしている……いつもの俺ならすかさずファインダーを覗き、シャッターを切るところだ。

 しかし今の俺はファイダーを覗く事が出来なかった。


 ——— 『本物の奇跡』を目の当たりにすると、人間は動く事をやめるようだ……。


 俺は黙って目の前の奇跡を眺めていた。



 ※  ※  ※



 ——— 私は何を生み出した?


 私は自分の手が、技術が信じられなかった。

 私はこれからも、この仕事を続けて行けるの? そんな疑念に駆られた。

 自信が無いと言うわけでは無い。

 これからの私のメイクは彼女の顔を求めてしまって、どのメイクの仕上がりも満足出来ない気がしてならない……。

 今迄に無い最高の仕事だったが、今後を失った仕事になってしまった気がする———。


 ——— そして今日を境に私のメイクは大きく変わり、数年後、私は『神の手を持つ化粧師けわいし』と呼ばれ、業界をリードする地位まで上り詰めるのだが……生涯、その化粧に満足する事は無かった……。

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