第120話 モデルになろう①

 今日は日曜日。撮影の日だ。

 マンションの通路でいつものように翠と待ち合わせる。実際には待ち合わせてるんじゃなくて、勝手に待ってるだけなのだが、不思議とインターホンを押そうとは思わない。

 多分、この待ってる細やかな時間が好きなんだな。

 

 「おはよ」

 「おはよう」


 翠が部屋から出てきた。今日の翠は眼鏡をしていない。コンタクトか? 服も着替えやすいようになのかワンピースだ。

 頭もウィッグは付けずにキャスケットを被っている。

 初めて外して歩いた日以来、土日は付けずに街中を歩くようにはなった。ただし俺と一緒の時だけ……一緒にいない日は無いに等しいか。


 翠と肩を並べてスタジオに向かう。


「楽しみと緊張が同時に襲ってくるー」

「ははは、それは忙しいな」

「お洒落が嫌いな女の子は居ないからね。宗介と出かけるようになってから、服とかゆっくり見れるようになったし、最近は買い物が楽しいんだよ」


 翠は帽子のツバの下から俺の顔を見ようと顔を上げて俺の目を見る。上目遣いと違う可愛らしさが……ふぅ。


「今日も沢山色んな服着させて貰えるんだね。しかも、最新のデザインの♪ 楽しみでしか無いよ。宗介はどうなの?」

「俺か? 俺はまぁ……そんなにお洒落とか意識しないしな。日頃は奈々菜の見立てで服買ってたりしてたし……そんなもんだな」

「そっか……そう言えば宗介の部屋にファッション誌とか無いもんね」


 正直、今日の俺は翠の付き合いだ。モデルとかお洒落とかはどうでも良くて、翠が楽しのであれば何でも良かった。

 

 間も無くスタジオに着く。

 スタジオはアーケード街を少し外れ、暫く歩いた裏路地にある。

 裏路地とは言うが、日中のこの辺の裏路地は、車、人通りは多く、オフィスやら立体駐車場、ライブハウスに喫茶店、アパートと、色んな建物が立ち並んでいる感じだ。


 スタジオに着いた。約束の時間十分前だ。

 スタジオは四階建で、そのうち下の二階がスタジオになってるようだ。案内板を見ると、一階は会議室とか控え室になっていて二階が更衣室兼化粧室と撮影スタジオになっている。


「おはよう御座います」

「おはよー。待ってたわぁ、桜木さんに真壁君。今日は宜しくね」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「まずは控え室に行って荷物置いて来て。それから二階の撮影スタジオでスタッフの紹介するわね」

「翠、荷物置く?」

「うーん……これだけだし……中身、ハンカチとかお財布だから……」


 俺も翠もミニショルダーバッグを肩から下げて居たが、中身はエチケット用品やら財布やら、肌身離せないものが多い。


「荷物これだけなんでのままで」

「それじゃ案内するね」


 階段で二階に上がる。

 入り口を抜けると、そこには広い空間が広がっていた。照明も多く、機材が『スタジオです』と言っている。


「みんな集まってぇ。今日のモデルの真壁君と桜木さんよ」


 突然始まった紹介に俺と翠は慌てて帽子を取った。


「真壁宗介です。宜しくお願いします」

「桜木翠です。宜しくお願いします」


 お辞儀をし、頭を上げた瞬間、目の前にいた店長以外のスタッフ全員、俺達二人に魅入ってしまった。


「はい!  “パン!„   皆元に戻って」


 店長が手を叩くとみんな我に返った。


「何ですかこの二人。どこから拾って来たんですか!」

「凄いでしょ? 凄くインスピレーション掻き立てられて湧きまくるでしょ? ちなみに彼女、今、ノーメークよ」

「はぁ? ちょとこの子に私必要ですか? しかも間近で見なくても状態の良さが一目で分かるって……ここからどう彼女を飾ればいいんですか!」

「あなた達の腕の見せ所よ。多分人間超えるわね」

「うー……完成品をアレンジするって……なんか逆に汚しちゃいそう……あー! もう、限界超えてみせますよ」


 何やらスタッフの一人が騒いでいる。言葉の内容からメイク担当のようだ。


「なんか偉い騒いでるな」

「私の顔ってメイク出来ない程酷いの」

「逆らしい。完成されてて手を入れる場所が無いって」


 確かに翠は化粧らしい化粧をした事がない……いや、俺は見た事がない。

 眉毛は普通に描いてるようだが、それ以外は……雀斑描いてるのだけ?


 店長が仕切り直して、スタッフの皆さんを紹介してくれた。全員で十名だ。


「それじゃあまずは二人ともメイクするからあっちの部屋にお願いね」


 俺達は化粧室に案内され二人並んでメイクした。

 俺は初めてドーランを塗ったが、正直、塗った後の自分の顔がちょっと気持ち悪いと思ってしまった。

 そして口やら目元やらを化粧される。

 なんか自分じゃなくなっていく感じだ。すると、スタッフの一人が鏡越しの俺を見て、


「うわー……男でこんなに綺麗になるって凄いですね」

「正直、私も男性女性、どっち相手に化粧してるのか分かんなくなってきたよ。さっき思わず、チーク入れるとこだった」

「…………入れたら下手な女性より綺麗に仕上がりそう」

「悔しいかな同感。正直、これ以上化粧したくないよ」


 俺を目の前にそういう会話はやめて欲しい。こういう時、どういう顔したらいい?


 そしてヘアスタイリストとチェンジだ。


「髪の毛は長いままでいいのかな?」

「すみません。長さはここままで……」

「あら勿体無い。サッパリさせればその顔もハッキリ見えるのに……」

「あー……色々あって普段顔隠してるもんですから……」

「んー……だね。皆ジロジロ見ちゃうし、モテまくって面倒事増えるか」

「まぁ、そんな感じです」

「結構、この業界、そういうので苦労してる子多いからね。芸能人もオフの日なんて、上下スウェットとサンダルでスパーとか買い物出歩く人多かったりするから」

「あー、なんか雑誌でパパラッチ的なの見ますけど、アレですか」

「アレだね。私の知り合いの子も普段は髪の毛ボサボサで結構ダサダサにしてたりするよ」


 やっぱりそういう人って多いんだな。


「んじゃ、取り敢えず毛先だけは整えさせて。あとは後ろで纏めて、前髪は片方だけアップさせよう」


 俺は後ろ髪を纏めゴムで縛った。

 そして前髪は鼻先まで届く感じだ。さっき宣告されたとおり、片方だけあげてヘアピンで留めた。留め方も二箇所バッテンに留めている。

 俺の準備は終わった。

 翠は化粧がもう少し掛かるようだ.


「ではコチラで着替えをお願いします」


 俺は席を立ち、衣装が並ぶエリアへ案内された。

 そこには衣装が十着くらいハンガーラックに並んでいた。



 ※  ※  ※



 ——— そして間も無く翠がスタジオに現れるのだが……その姿に全員幻覚を見た。

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