第113話 モデルやってみる①

 ——— 今日は土曜日だ。

 俺は駅ビルのステンドグラス前に一人で立っていた。

 翠はモデルに件で午前中病院に行き、先生の意見を伺いに行った。

 そしてその足でケ・ベッロに行こうと、午後、俺と此処で待ち合わせにしていた。


「宗介♡」


 突然、死角から俺の名を呼ぶ優しい声が聞こえた。

 声のする方を見ると、翠と武尊おじさんが並んでこっちに来た。翠は素顔でキャスケットだ。おじさんはスーツ姿でいる。

 二人並んで歩くと、翠の顔はよく見えないが、背格好から何となくパパ活ぽい感じもしないでも無い。ただ、武尊おじさんのダンディーさがそれを打ち消している感じだ。


「おじさんこんにちは」

「こんにちは。それじゃあ俺は仕事に戻るから、詳しい話は翠から聞いて。結論だけ言えばOK貰ったよ。あとは宜しく」

「はい」

「じゃねー」


 翠はおじさんに向かって小さく手を振る。おじさんの後ろ姿をしばらく眺めていたが、すれ違う女性は皆、おじさんを凝視していた。


「んじゃ行こっか」

「その前に腹拵えだな」

「だね。お昼だもんね」


 時間はお昼を少し過ぎた位だ。


「宗介は何食べたい?」

「イタリアンかな?」

「イタリアンいいね。どっかあるかな?」


 翠はスマートフォンで検索している。


「お? お財布に優しい『サイデリヤ』がある。ここでいい?」

「いいね。それじゃ行こうか」


 俺達はサイデリヤに向かった。



 ※  ※  ※



 サイデリヤに着くと入り口で数人が順番を待っていた。

 俺と翠は入り口から店内を覗く。


「翠」

「何?

「人多いな」

「多いな」

「お前、帽子取れる?」

「無理だな」

「店内鏡張りだしな」

「止めるか」

「止めよう」


 俺達は店を出た。

 失念していた。サイデリヤは店内が狭く、鏡張りだった。

 これでは何処に座っても顔が丸見えだ。

 俺達は食事の時は帽子を取る。

 これは絶対のマナーだと親から体に叩き込まれている。


「違うところにしよう」

「そうするか」


 俺達は店を変えた。

 暫く歩くとちょっと明るめの雰囲気……白を基調とした少し大きめの喫茶店ともレストランとも取れない店があった。


 店の名前は「カフェテリア デリツィオーゾ」。イタリア語だ。

 日本語にすると「美味しい喫茶店」だ。イタリア語で美味しいは「ボーノ」じゃないか? って声が聞こえてきそうだが、ボーノは英語で言う「グッド(おいしい)」で、感嘆詞になる。デリツィオーゾは英語で言う「デリシャス」にあたる形容詞だ。


 今日は土曜日だ。仕事の人もいる。お昼時間も過ぎたので、若干、人は捌けたようだ。

 店に入ると一番奥の座席が空いていた。

 俺達はそこに座った。


「翠、何食べる?」

「宗介、何食べる?」

「口の中はイタリアンで準備されているからな。俺はナポリタン大盛りだな」

「なら私はミートソース大盛りだな」

「大盛りで大丈夫か?」

「宗介と半分こ」

「いいけど、半分ってお前も大盛り分の量食べるの?」

「はは、そうだね。普通盛りでいいか」


 注文をして、病院での話を伺った。


「で、OKって事だけど、なんか注意事項とか言われた?」

「特に無いかな? 先生も、なんか乗り気で『面白いね』って。場合によっては学会で報告するレベルの案件だって言ってたよ」

「思いついた店長スゲーな」

「こういうのって、経験しないと発想すら出てこないからね」


 翠はグラスに口をつけ「順を追って説明するね」と、病院での詳細を教えてくれた。


「まず、ウィッグ取って街を歩いた事も先生に報告したんだよ。まぁ、今日も病院行く時から外してたんだけどね」

「うん」

「それは続けなさいって言われた」

「ほう」

「私自身が前向きになっている事が大事で、結果はどうでもいいんだって」


 ——— 結果はどうでもいいと言うが、結果を求めてそういう行動を取ってるんだ。ただ、結果を求めるとプレッシャーになる。

 これは俺も結果を求めないようにしないとダメだ。


「あと、ウィッグ外して外歩く時は『デート楽しんで』だって♪」

「デート限定か? 実際楽しいか?」

「勿論楽しいよ。今まで経験した事ない事ばかりだしね。宗介が相手だからだと思うけど……」


 翠は屈託のない笑顔を見せる。

 まずは『ウィッグ外し』を継続させる。ただし、それを意識させないようにデートを楽しいものにする。恐らくポイントはそこだな。


「モデルの件は? なんか条件とかある?」

「私が発作出たら、即、病院来てだって。あと、お客さんがパネル見ているところを、変装するなりして、ばれないようにその光景を端から見てどう思ったか教えてって言ってた」

「お待たせしました。こちら、ミートソース大盛りと、ナポリタンです」


 突然の声と共に料理がテーブルに置かれた。

 俺と翠は帽子を脱ぎ、フォークを構える。


「「いただきまーす」」


 翠は店の広い方に背中を向けているので、顔を見られることはまず無い。

 俺は丸見えだが、席は奥の方なので覗き込まないと見えない。


「ここってさ、俺達の場所って感じでいいな」

「そうだね。私達の店にしちゃいます」


 なかなかボリュームがあって、大盛りを頼んだのはちょっと早まった。



 ※  ※  ※



「食ったな。」

「かなりお腹いっぱい。」


 会計を済ませ、店を出た俺達は、路上にあるベンチに座った。


「美味しかったね」

「あぁ、それじゃあケ・ベッロ行ってみるか」

「うん」


 俺達はケ・ベッロへ向かった……って、目と鼻の先だった。

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