第104話 翠と芹葉

 ——— 私は今、宗介と下校中だ。


「今日の体力測定楽しかったぁー♪」


 私は空を見て体力測定を振り返る。それを見て宗介が鼻で笑った。


「体力測定が楽しかったってあんまり聞かない台詞だぞ」

「だって楽しかったんだもん」

「まぁ、俺もなんだかんだで一緒に回ったのは楽しかったな」

「でしょ? で、あの後教室で早速芹葉ちゃん、話しかけてくれたよ」

「なんて?」

「『さっきはありがとう』って」

「周りの反応はどうだった?」

「少し見られたけどそれだけだね」

「狙い通りだったな」

「宗介凄い」



 ※  ※  ※



 ——— 翌日。朝、私はいつものように静かに教室に入り、席に座るとカバンから本を取り出して静かに読書をする。

 学校に来てからの毎朝のルーティーンだ。その五分後。


「おはよう」


 元気な挨拶と共に教室に入ってくる女子生徒がいた。芹葉ちゃんだ。

 目が合った人、すれ違う人全ての人に挨拶して行く。そして、私の席の近くを通り「おはよう」とさり気無く挨拶をして去る。

 最近の芹葉ちゃんのパターンだ。

 ただ、いつもと違って今日は一言増えた。


「いい天気だね」


 これをキッカケに、今日一日、さり気無くだが芹葉ちゃんに何処でも声を掛けられるようになった。

 移動教室では、いつも私は教室を最後に出る。

 芹葉ちゃんはそれを知っていて、タイミングを見計らって「遅れるよ」と声をかけてきた。

 私は「ありがと」と素っ気ない返事をする。

 トイレでは鏡の前でリップを手に「これ可愛いでしょ?」と声を掛けてきた。私も「うん」と小さい声で一言返す。そんなやり取りを敢えて人前でする。

 周りの者はその様子を見はするが一瞬だけだ。

 そして皆「芹葉らしい」と少し笑顔を見せ目を逸らす。


 ——— 昼休み。


「芹葉ちゃん怖いよ」

「大丈夫。皆、私の性格知ってるから『ボッチに声かけ始めた』位にしか思ってないよ」


 芹葉ちゃんの言いたい事は分かる。

 でも私が『怖い』と言った意味はちょっと違う。

 私は芹葉ちゃんの言葉に首を横に振った。


「それは私も分かってるからあんまり心配してないんだけど、怖いってのは、私が普通に受け答えしちゃいそうでさ」

「あー、あはは、それはちょっと気持ち分かるかな。トイレでリップの話した時、翠ちゃんの返事聞いて『え、それだけ?』って思っちゃったもんね」

「でしょ? いつ素が出ちゃうか自分自身気が気じゃなくて……」


 ——— この状況が今週一杯続いた。

 周りの者は芹葉ちゃんが私に話し掛けるのはもう見慣れた光景になっていた。


 そして休み明けの月曜日、芹葉ちゃんは新しい動きを見せた。


「おはよー。桜木さん」

「おはよ……」


 教室に入るといつもなら席に行き、カバンを置いて周りの女子に話しかけられている所だが、今日の芹葉ちゃんはカバンを席に置かずそのまま私に話しかけてきた。


「いつも早いけど……何分ごろ着いてるの?」


 今迄は私が『うん』と言えば会話が成り立つ事しか言わなかったが、今日は『会話』をしてきた。その会話に私も合わせる。ただ、素を出さないようにするのが難しい。


「五分……位……前かな?」

「そう言えば、いつも本読んでるけど何読んでるの?」

「こういうの」


 私は本の表紙を見せる。


「あ、この作者って『混ぜるな危険!』書いた人でしょ?」

「そう。知ってるの?」


 私はなるべく話が長くならないように気を付けながら短い返事を心掛け、芹葉に言葉を返す。うー……フラストレーション。


「知ってるよ。この作者の本結構持ってるもん」

「じゃあ……これ」


 私はカバンから


「え? 一巻? 貸してくれるの? ありがとう」


 私は黙って頷く。


「じゃあ、これ読んだら続き貸してね」

「いいよ」

「ふふ、ありがと」


 そう言って芹葉ちゃんは私の元を離れ、自席に戻った。私は溜め息を一つ吐き笑いたくなった。


 ——— なんか別な意味で疲れるな……ふふふ。


 人と人の繋がりを周りに示す上で「物の貸し借り」は十分なアピールになる。

 芹葉ちゃんはそれを狙って少し注目を浴びながらも、周りには『いつもの深川』を演じてみせた。

 なので私が思う程視線は集まらなかった。


 ——— 昼休み。


「今朝はシナリオどおり行ったね」


 芹葉ちゃんは勝ち誇った顔をしている。


「いや、行ったけどさ、やっぱ疲れるよ」

「分かる。思わず『翠ちゃん』って言いたくなっちゃうもん」

「だよねー……ごめんね気を使わせて……」


 その言葉を聞き宗介が私の言葉を正す。


「翠、それを言うなら『ありがとう』な」

「あ、そうだった。芹葉ちゃんありがと。ニコ」

「あはは、何その最後の笑顔。うん、どう致しまして。ニコ」


 私達二人で盛り上がっているが、隣には宗介と流星君がいる。

 話に混ざりたそうではあったが、女子の会話だ。二人は話を黙って聞いていた。


「物の貸し借りの効果って傍から見ると関係性深くするね」

「でしょ? 『貸して』は無責任に結構気軽に言えるし、実際無責任に言ってる人もいるけど、『いいよ』は、信用おけないと絶対貸せないからね」

「確かに。小学生の頃、気軽に貸して壊された事とか結構あったからそういうの考えちゃうよね。この人大丈夫かなって」


 その話に宗介と流星君は腕を組んで黙って頷いている。


「そうだ。本の続きってどうすればいい? 適当に続きの本、貸していけばいい?」

「んーん、ダメ。ちゃんと中身読まないと。っていうか、私も本読むの好きだから純粋にあの本楽しみたいんだ」

「分かった。それじゃあ、読み終わるまで待つね」

「うん」


 ——— 私と芹葉ちゃんの距離は徐々に近付いて行く。

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